第39話 陰陽の隔たり

 麻緋の家で見た幻影。

 平穏と呼べる、当たり前の日常が映し出されている中で。

 僕には、悠緋の声が聞こえた。


『僕を助けに来ないで』


 それがこんな意味を持っていたなんて、信じたくはない。


 麻緋はどれ程に必死で探していた事だろう。あの幻影が僅かな手掛かりだと、あの時に戻れたらと感傷に浸る間など持たず、その痛みに耐えていた。

 それが……こんな形で会う事になるなんて……。

 バイロケーションではない事は分かっている。バイロケーションであれば、その姿が言葉を発しても会話が噛み合わず、成り立たないからだ。

 これは……間違いなく悠緋本人だ。


 だからといってこの再会を、素直に喜ぶ事など出来はしない。



「なんなら……兄さんが受けたその呪い、僕に置いていってくれていいよ」

「……っ……」

 麻緋は声を詰まらせた。

 込み上げる思いも、言いたい事も色々とある事だろう。

 それでも、どんな言葉を吐き出したとはいえ、その言葉が報われる事はない。

 麻緋は、それが分かっている。

 だから……話をする事をやめたんだ。


「……来。もう直ぐ夜が明ける……戻るぞ」

 悠緋と話す事なく、麻緋は呟くような声で僕にそう言った。

「……うん」

 踵を返す僕たちに、九重は笑い声をあげる。


「ざまあねえな。折角の再会の場を設けてやったというのに、身を引くとはな。探していたんじゃなかったのか? 泣いて喜ぶべきじゃねえのかよ? 望み通り、わざわざ連れて来てやったんだぞ。それとも、必死になって探しているなんて、それは上辺だけだったって事か? 麻緋……所詮、お前はその程度って……」

 僕は、肩越しに九重を振り向き、呪符を放った。

 呪符が地に転がっていた小石を弾き、九重の顔に当たって言葉を止めた。

「白間っ……お前!」

「お前が麻緋を語るな」

 九重の言葉など聞く気はない。

 九重を睨む僕に、悠緋の目が動く。

 冷たい目だ。


「君……その呪符……」

 元々、麻緋の家にあった呪符だ。何か感じるものがあるのだろう。

 僕の手元に戻った呪符を、じっと見つめる悠緋に僕は言った。


「この呪符に気づいたのなら、自分の立ち位置も分かるだろ。言うまでもないが、答えておこうか?」


 互いに目線を合わせる僕と悠緋。麻緋は一切、振り向く事も、進める足を止める事もなく、この場を後にして行く。

 悠緋の目線がちらりと麻緋の背中へと動いたが、直ぐに僕へと目線を戻し、僕が持っている答えをはっきりと言った。


地火明夷ちかめいい。明るきものはやぶれ、傷つく」


 流石は……といったところか。

 僕は、その通りだと静かに二度、頷いた。

 九重は、自分たちに及ぶ事などないと、鼻で笑っていた。

 信じるも信じないも勝手だ。

 それは……互いに……か。

 僕は、麻緋の後を追って歩を進めながら、悠緋に言葉を置いていった。


「分かってんなら……尚更、僕は譲らねえよ。それは麻緋も同じだ。だから僕たちは闇に生きる事を選んだんだ。その覚悟は……甘くねえぞ」



 拠点に戻るまで、僕たちは何も話さなかった。

 麻緋の運転も静かなもので、それがなんだか切なくも感じてしまうのも呆れる話だが、気落ちしているのが分かってしまう。

 拠点に着くと、麻緋は直ぐに車を降り、足早に建物内へと入る。

 成介さんにリミッターを付けられる事を避ける為に隠していた車も構わずと、真ん前に停車だ。

 冷静になろうとしていても、冷静になれない。



「お帰りなさいませ、麻緋様、来様」

 桜花の出迎えにも答えず、麻緋は桜花を擦り抜け、自室へと向かう。


「待って下さい。報告を怠るのはいただけませんね」

 成介さんが麻緋を引き留める。

 麻緋は足を止めたが、成介さんに目を向けない。

 成介さんは、少し困ったように僕に言葉を求める。

 僕は、あまりいい状況ではないと、首を横に振った。


「……悪い、成介。少しだけでいい、時間をくれ。報告は、その後にする」

「分かりました」

 麻緋が自室へと入って行く。

「……成介さん」

「察しはついています。来……麻緋を待つ間、君も少し休んでいて下さい」

「……うん」

「では……後程」

 成介さんは、桜花と共に奥へと向かい、僕も自室に入った。

 壁際に置かれたベッドを、ソファー代わりに腰を下ろし、壁に背をもたれた。


 どう声を掛けていいのか分からなかった。

 同情も共感も、麻緋にとって必要のない事だろう。だからこそ、何も言わなかったし、言えなかった。

 麻緋にしたって、何か言えば言う程、同情や共感を求めるような言葉になってしまいそうになる事を避けたかっただろう。本当に理解し合いたい相手に届かないならば、現状に響く事のない、慰め合うような言葉に縋るのは無意味だ。


「……麻緋」

 共に行動をしてきた中、部屋を隣にするこの壁に、今日程、隔たりを感じた時はなかった。


 ……だけど。


 麻緋の苦しみが壁を伝って、背中に響く。

 悔しさを吐き出す麻緋の声が、僕の耳を通り抜けた。

 僕は、その声を聞きながら膝を抱え、頭を垂れる。


 それでも。


 麻緋の声が止むまで僕は、壁から離れなかった。

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