第34話 鬼子事

「俺の未来が決まっただと……? そんなもの、お前にどうこう出来る訳がない」

 ははっと笑う九重は、動じる事などないと余裕な態度を見せる。

 僕は、冷ややかにも九重に目線を投げ、静かに答えた。


「信じるも信じないもお前の勝手だ」

「脅しのつもりかよ?」

「別に。お前がどうなろうと、僕には関係ないからな」

 僕は、呪符を胸元に仕舞い、九重に詰め寄る。


「悠緋を何処に連れ去った?」

「はっ。言うかよ。あいつは大事なスケープゴートだからな」

 ニヤリと口元を歪め、悠緋を人質にしているという事を盾にしている。

 悠緋の居場所を吐かない限り、自分に危害は加えられる事はないと思っているのだろう。



「スケープゴート、ねえ……」

 そう呟く麻緋は、深い溜息をついた後、九重にこう言った。


「塔夜……その罪は転換したんじゃなかったのか? だからこそ」


 空に広がった正邪の紋様が赤い光を放ち、九重を見定めるようにもゆらゆらと回る。

 九重は、紋様の光が自分の周りを巡るのを、ちらりと見た後、麻緋をじっと見据えた。

 互いに目線を捉えながら少しの間が開いたが、動揺を誘うようにも麻緋がゆっくりと口を開いた。


「左目の視力だけで済んだ……などと思ってねえだろうな?」


 麻緋の探るような目線に、僅かながらも九重の目が動く。自分でも気づいているものがあるのだろう。動揺したのは僕にも分かった。

 麻緋は、更に揺さぶりを掛けるように言葉を続ける。

「スケープゴートにしたというのは、悠緋なんだろう? だったら、払いきれない代償などあるはずがない。それでも塔夜……お前が代償を払ったなら、お前の罪……転換されていないな。それとも……条件だったか?」

 それが弱みだと思われたくないのだろう、否定するように九重の目が鋭く麻緋に向いた。

 麻緋は、九重の目線を真っ直ぐに受け止めながら言う。

「塔夜……お前の幻影術は足を掬う。まるで……お前の悪夢を見せられているようだ」

「……俺の悪夢? はは。そんな訳ねえだろ……」

 九重は冷静を装いながらも、心中は穏やかではないようだ。左目を覆う髪にしきりに触れる。

 友人であったというなら、麻緋の能力も、悠緋の能力も知っているはずだ。

 何か言いたそうで言えない、落ち着きのない九重のこの様子……あの男に対して、不信感はあるようにも見えるが……。

 それでも付き従う理由は、やはり麻緋への敵対心か、自分の評価をあの男に求めた結果という事か……。



「なあ……塔夜。俺たちがなんでここに来たと思っている?」


 空に広がった紋様が光を放ち、霧のように辺りを白く染めた。

 笑みを交えた麻緋の声が、ゆっくりと流れる。


「……今度は染まるといいな……?」


 今度はって……まさか。

 あの男が来ているのか……。

 僕は、辺りを見回し、警戒する。


 闇を白く染めた光の中、正邪の紋様が色を変え、黒く浮かび上がった。


「……まったく……」


 静かに流れた男の声に、九重の表情が強張った。

 やはり……来ていたか。

 九重の背後から手が伸び、九重の体に男の両腕が絡まる。

 まるで、逃がしはしないと縛っているようだ。

 纏わり付くような声が、更に九重を縛り付ける。


「何を躊躇っているのですか……塔夜。貴方をここに向かわせた目的……まだ果たせていないようですね……? 奪うだけではなく、与える事もしなくては等しくないでしょう……?」

 ……目的……奪うだけではなく、与える……だと?

 これ以上、ここに何を……。

 僕の警戒心が強くなる。


 九重に絡めた男の手が、左目を覆う髪へと伸び、そっと触れる。

「まさか……今更戻る、なんて事はありませんよね……?」

「……っ……」

 そんなにこの男が怖いのか、それとも何か逃れられない理由があるのか、九重は硬直していた。

「まあ……戻る道などないでしょうけど……ね?」

 九重の肩越しに見える男の顔……フードを深く被ってはいるが、顔の向きからして、麻緋を見て言っている。

 九重が悠緋を連れ去り、麻緋を裏切った事を強調しているのだろう。


 男は、ふふっと楽しそうな笑みを漏らすと、こう口を開いた。


「四方に追い遣られた鬼は地を追われ、行き場を無くす……その地に棲まう邪の象徴として追い遣られるのです。ですが……」

 男の言葉で浮かんだのは、成介さんの言葉だ。


大儺たいなは、儺人なじん方相氏ほうそうし、それに従う侲子しんしによって行われ、それは鬼を祓う役目です。黒の衣を纏って鬼を祓うのですが……』


 続く男の言葉に、成介さんの言葉が重なっていく。


「その邪の象徴は、不都合なものを押し付けたに過ぎないもの……それは互いに……ね……?」


大儺たいなは後に追儺ついなと名を変えます。方相氏ほうそうし大儺たいな侲子しんし小儺しょうなと称されており、追儺ついなと名が変わると同時に、『』を持つ者は、鬼を祓う者ではなく、鬼そのものと変わっていったのです』



 男の口元に笑みが浮かぶ。

 楽しそうにも弾んだ口調で男は言った。



「では……鬼ごっこでもしましょうか……?」

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