第33話 陰陽制約

おうを数うるは順にして、らいを知るは……逆だ」



 九重の左目に光が当たり、眩しさに目を覆う九重の手へと、僕は手を伸ばす。

「閉ざすなよ。お前には見るべきものを見て貰う。勿論……幻影なんかじゃなく、現実をな」

 僕は、九重の腕をグッと掴み、目から引き離した。

「現実だと? それを見るのはお前たちだろーがっ……! どう足掻こうが、お前たちに残されているものなんか何処にもねえんだよっ! 見て分かんだろ! この地にしたって何一つ残っていない」

 九重は、僕の手を力任せに振り解いた。

「僕は、何が残されているかなど探して、過去を引き摺るつもりはない」

「ふん……現実を知って、その先にあるものはもう決まっているだろ」

「ああそうだな。だが……その先にあるものが、お前の望む結果とは限らない。既往が答えを生むからな」

「なに……?」

 眉を顰める九重に、僕はニヤリと笑みを見せると答える。


「僕が言っているのは、お前自身の事だ」

「俺自身……? はっ。なにが……」

 九重の苛立った声など気にもせず、僕は呪符を手元に戻す。

 封じるように目に張り付いていた、蜘蛛の巣のような痣が僕の手に移り始め、九重の左目を封じていた痣が、紋様を描いて光を放った。

「お前……」

 その様を見る九重は、小さくも息を飲んだが、左目から痣が離れた事に訝しげに僕を見る。


「ふん……助けられたなどど思ってねえからな。お前が掛けた呪いなんだから、解けて当然だろ」

「勘違いするなよ。そもそも、僕にお前を助ける義理はない。ただ……呪力の原理に従っただけの事だ」

 僕は、紋様に変わった光を呪符に収める。

 その様を見る九重は、不愉快に顔を歪め、僕を睨んだ。

「呪力の原理だと? 呪符がなければ術を使えない奴が、何を言っている」

「万物の理論だ。 一変して陰陽を生じ、二変して大小の陰、大小の陽を生じ、三変して乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤を生ずる。この八つに陰陽を形にした爻で呪力を生じさせる。つまり、呪力とは陰陽の掛け合わせだ。……ああ、そうだ。一応、訊いておくが、目的とは『今』の『先』にあるものだよな?」

「 だからなんだよ……?」


 そう言いながらも、察しているものはあるのだろう。九重の表情に緊張が見えた。

「チッ……」

 九重は悔し紛れに舌打ちし、これ以上、見抜かれる事を避けたいようにも、左目を髪で隠した。


 この仕草……やはり。


「お前、白間って言ったな……あの医者の息子か」

「ああ、そうだよ。父を知っているって事は……やっぱりお前なんだな」

「あの医者も同じような呪符を持っていたな。まあ……役に立たなかったようだがな?」

 そう言って僕を嘲笑う。

 父の手ごと握り締めた呪符。その感覚が蘇り、呪符を持つ手が震えたが、僕は感情を押し込んで言葉を続けた。

「お前……分かってないな……陰陽の消長は、北東から始まる。この地は南西……その爻は、三つとも陰だ。だからといって、陰が悪い訳じゃないけどな。九重……自分でも分かっているよな? そもそも……お前、ある時期から左目の視力……失っているだろ?」

「……っ……」

 アタリか。

 僕は、九重の言葉を聞くつもりもなく、こう言い切った。


「それは、禁忌呪術を使った何よりの証だ」


 九重は、不遜にも鼻で笑うと、開き直ったような態度を見せる。

「だったらなんだよ?」

 そんな九重の態度に、麻緋の深い溜息が流れた。

「……塔夜」

「なんだよ、麻緋? 正統な血筋のお前には、理解出来ねえよな? ははっ……ざまあねえなって笑えよ。元々、何も持たない奴が、望むものを得る為には、持ってる奴から奪うしかねえだろ。そうは言ったって、俺自身、その代償は払ってんだよ。文句ねえだろ」

「……じゃあ、後悔してねえって言うんだな、塔夜」

 静かな低い声で、冷静にそう言った麻緋だが、僕には奥底に沈めた怒りが見える。

 言葉の間が少し開いた後、麻緋は目をそっと伏せ、小さく頷いた。

「来」

「ああ、分かった」

 僕たちのやり取りに、九重は苛立った顔を見せた。

「奪い返すとでも言うつもりか? 消えてなくなったものが、戻せるとは思えないがな。まあ……この地は俺が適当に使ってやるよ」

 期待などしていないが、おごった態度は変わらない。


「お前と違って、僕は奪う事などしない」

「白間……」

 ギリッと歯を噛み締めて、僕を睨んではいたが、既に二度目だ。受け止めるより他はないだろう。

 ブワッと土を巻き上げ、風が渦を巻きながら空へと昇っていくと、麻緋の正邪の紋様が空に広がり始めた。

「九重……お前、折角の機会を逃したぞ。お前の両儀……僕にはそれが見えていた。『往』は過去、『らい』とは未来の事だ。お前の言動で、お前の未来が決まったよ」

 

 僕は、九重に向けて呪符を見せるように向けた。


六爻皆純ろっこうかいじゅん……坤為地こんいち。先に立とうとすれば道を失う。これがお前の未来だよ」

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