第31話 No.2
僕は、ただ茫然と立ち尽くしていた。
あの収監所同様、廃墟となった家屋は伸びた草に侵食されていた。
生存者がいないこの地に、何処からともなく聞こえる物音。
ガタガタと闇夜に響く音が、不穏にも耳に流れてくるが、恐怖心などなかった。
目に映る光景があまりにも残酷な現実を突きつけている事に、その音が原因であると感じていた。
はっきりと捉えられない何かの影が、あちこちで飛び交う。
ゴーストタウン……か。
地面は至る所に亀裂が入り、もうこの地は人の住める場所ではないと言っているようではあったが、他を寄せ付けないこの雰囲気は、既に奪われてしまったという事なのだろう。
麻緋が足を踏み出した事に、僕も足を踏み出した。
脇目も振らず、真っ直ぐに向かう足取りは力強く、目的が定まっている。
空高く昇った月が、一点を照らすように注いでいた。
やっぱり……誰かいる。
今夜の任務がこの地になったのも、そういう事だったか。
麻緋は、ふっと笑みを漏らすと口を開く。
「お前も大概しつこいな……この間、会ったばかりだろ。塔夜」
月明かりに照らされ、そこにいたのは九重 塔夜だった。
「しつこいのはそっちだろ……」
九重は、僕にちらりと目線を向けると、左目を覆うように隠していた髪を掻き上げた。
蜘蛛の巣のようにも見える痣が、九重の左目を封じている。
「何の呪いを掛けやがった? 呪いを返すと言っていたが、麻緋に掛かった呪いじゃねえだろ。そもそも返せるはずがない」
「だってよ、来?」
麻緋は、クスリと笑うと僕を振り向く。
「ふん……呪いなんか掛けてねえよ。だったらバチでも当たったんだろ」
鼻で笑う僕に、九重は舌打ちをした。
僕は、九重の態度よりも、その服装が目についた。
「どうでもいいけど、なんでお前、僕たちと同じような格好してんだよ?」
白のシャツに黒の上着。
傍目から見れば、こいつも仲間みたいじゃないか、冗談じゃねえ。
だけどなんか、こいつ……。
僕は、九重の様子をじっと窺う。
麻緋に執着しているのは明らかだが、その執着って……麻緋になりたいと思っているんじゃないだろうか。
だから……こんな真似た服装をしているんじゃ……。
確かに、あの屋敷を見ても、麻緋の能力も、誰にしたって羨望に値するものだろう。
九重の境遇がどんなものかは知りたくもないし、知らないが、自分は実力で伸し上がった覇者だと言っていたのも、麻緋に並ぶ為だった事だろう。
麻緋に敵わないという劣等感。もしも自分が麻緋なら、こんなはずではなかったと、羨望が憎悪に変わった……そう感じた。
「……麻緋」
九重が麻緋を真っ直ぐに見ながら続けた言葉に、それを確信する。
「お前がいる限り、俺は俺自身を認められない。お前の存在が俺を押し潰すんだよ……例え肩を並べようとも、お前の立ち位置は変わらない」
「だから四方の象徴を潰して回ったのか」
麻緋の言葉に、九重はクッと肩を揺らして笑った。
「ああ、そうだよ。今やその四方も空席だ。どの地にしようか考えていてな……麻緋の地でも良かったんだが、お前と並んでも面白くない。だったら対角線上であるこの地がいいかと思って来たんだよ」
そう言って九重は、ちらりと僕を見る目は挑発的だ。
麻緋の家に現れたのも、そういう事か。そして、挑発するように結界に干渉していたのも、品定めだったという事かよ。
随分とナメられたものだ。
同じ色の服に身を包んでいる事も、成り代わろうとでも思っている部分があるからだ。
苛立つ僕は、九重と向かって歩を踏み出したが、麻緋は手伸ばして僕を止めた。
感情的になるな。麻緋は僕にそう伝えている。
僕は、冷静になろうと、深呼吸をした。だが、九重に向かって、的確に当てる言葉が纏まらない。
間が少し開いた後、麻緋が笑い出し、その麻緋の笑い声に、僕は一気に冷静になる。
やっぱり……麻緋だな。
呆れ半分、僕は思う。
相手を挑発するような口の悪さも天才的だ。
『挑発っていうのは、相手を罠に嵌らせてから挑発って言えるんだよ』
屁理屈かと思っていたが、成程、これは正解だな……。
敵に回したのが運の尽きってところか。
九重の感情が手に取るように分かる。
そしてそれは、九重の態度にも表れた。
九重は、黒の上着を脱ぎ捨て、闇夜の中に自身の姿をはっきりと現すような動きを見せた。
「はは。俺を理由に
麻緋は、九重の苛立った様子に、ニヤリと口元を歪ませて笑う。
これは……腹立つな。挑発も挑発だ。
麻緋の言葉を聞く僕は、思わず苦笑が漏れた。
「グダグダ言ってねえで、頭下げてろよ」
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