第29話 それぞれの思い

 盟神探湯くがたち

 それは、誓湯うけいゆであり、身をもって潔白を証明する呪術儀式だ。

 そもそもうけいとは、こうであれば、こうなり、そうでなければ、そうならないという誓いの元に行う。

 盟神探湯であれば、熱湯に浸かり、邪であれば火傷を負い、正しくあれば火傷は負わないといったところだ。


 僕と麻緋は、浴場へと急いだ。


 成介さん……。

 ……流石は……といったところか。

 麻緋の両親は既にこの世にいない。罪を犯したと収監され、命を落としたというが、それは誰かに嵌められた事だろう。

 やっていないという事を証明する事は難しい。残された目に見える偽証が、偽証である事も証明出来なかった事だろう。だが、成介さんには潔白を証明出来る術がある。それを信じられるのは、僕たちだけだ。

 生前に適わなかった事を、今、証明しようというのも、麻緋の事を考えての行動であるのは間違いない。

 麻緋の不安を……誰よりも分かっているから。


 だって……麻緋は。


『じゃあっ! 事実だったらどうすんだよ! 罪を犯したと、それが事実ならっ……! それでも正しい理由があって犯した罪だと、それなら許せる事だとっ……! それは正しい事だったと断言出来るようになるのか!!』


 犯したとされるその罪を、その罪自体があった事だと……拭えていない。有る無しではなく、あったとされるその罪が、例え正邪を分けたとして、それが正しい事だったと言ったとしても、それで良かったとは言えはしない。結局はそこに正しい事なんてないと、この先もずっと思い悩む事だろう。

 だからといって、麻緋にしても自らそれを証明して欲しいとは言えなかった。死した後では……尚更だ。


 僕にしたってそうだ。


『僕が解きましょうか? 君が作った闇を』

『望んでいない! そんな事っ……!』


 禁忌呪術は僕が行った……そんな記憶は、目にした結果が肯定しただけであって、初めから行おうと思ってやった訳じゃない。

 そしてそれは本当に僕がやったのか……他に証明するものがないだけに、認めざるを得ないものだったんだ。

 自分一人の力では……追求出来ない力のなさに屈服した。それがどうにもならない感情から逃げる……それが諦めだった。



 浴場の手前には、桜花が立っていた。

「お待ち下さいませ」

 中に入ろうとする僕たちを、桜花は止める。


「お覚悟は出来ていらっしゃいますか……麻緋様」

 桜花の目が強く、麻緋に向いた。

「ああ、出来ている」

 即座にはっきりと答えた麻緋に、桜花はそっと目を伏せ、扉に手を掛けた。

「承知致しました。では……お入り下さい」

 桜花が浴場の扉を開けると、僕たちは直ぐに中へと入る。

 浴場は物凄い熱気が立ち込めていた。

 湯船に肩まで浸かる成介さんが見えたが、その湯は火のように赤く、立ち昇る湯気はメラメラと揺れ、まるで炎のようだ。


「成介……」

 成介さんは頭を垂れ、身動き一つしない。

「成介っ……!!」

 麻緋は、湯に手を突っ込み、成介さんの肩を掴んだ。

 湯面が波打ち、ジュッと焼けるような音を立てて飛沫が弾けた。

 そして、炎のような湯気が、羽を広げるように立ち昇ると、麻緋の腕に巻き付いた。

「麻緋っ……!」

 僕は、麻緋に駆け寄ったが、麻緋は両腕に絡む炎を見つめていた。


 炎がゆっくりと消えていくと、麻緋は成介さんへと目線を向ける。

「成介……」

 身を焼くような熱など感じなかったのだろう、それは成介さんも同じだった。

「君も……僕と同じ闇に染まっているようですね」


 ……同じ闇に染まる。

 麻緋が言った言葉が頭の中に浮かんだ。

『染まらなかったな。お前と……同じ闇には』


 ああ……そうだ。

 正邪の紋様……降り落ちる光が、あの男の皮膚を焼いていた。

 あれも……誓のようなものだったのか……。



「……証明しましたよ、麻緋」

 成介さんは、穏やかな笑みを見せて、そう言った。

「……っ……」

 麻緋は一瞬、言葉を詰まらせたが、ふっと笑みを漏らすと成介さんに言う。

「お節介馬鹿」

 成介さんは、ふふっと笑うと麻緋に答える。

「そう言うと思いました。ですが……」

 湯船を出ながら、成介さんは言葉を続けた。


「これは……君のお父上と、伏見殿との約束でもあるのですよ」


 成介さんの言葉に、麻緋は少し驚いているようだった。

「伏見が……」

「毎回とは言いませんが、時には麻緋から顔を見せたらいかがですか。同じ場所に身を置いていても、伏見殿と君が行動を共にするというのは、殆どと言ってないのですから」

「ふん……」

 麻緋は成介さんに背を向ける。


「いい歳してガキみてえな事、望んでんじゃねえって言っておけ」


 そう言った麻緋だが、僕には見えている。その表情に笑みが浮かんでいるのを。

「だが……」

 麻緋は、浴場を出て行きながら、言葉を置いていった。

 その言葉を聞く成介さんは、ホッとしたようにも穏やかな笑みを浮かばせていた。



「伏見が親父たちを信じてくれたように……俺も伏見を信じるよ」

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