第28話 盟神探湯

 成介さんと伏見司令官が拠点に戻って来たのは、夜が明け始めた頃だった。


 桜花が、そろそろお休みになられてはと、何度も僕たちを気遣っていたが、僕も麻緋も彼らの戻りを待っていた。



「揃ってお出迎えとは。もう夜が明けますよ」


 そう言って成介さんは、穏やかな笑みを見せたが、少し困っているようにも見えた。

 伏見司令官の姿がなかったが、成介さんの様子からして問題はないのだろう。

 思えば、伏見司令官を僕たちの自室に近い、この出入口で見た事は一度もない。彼の部屋は、この場所よりずっと奥だ。おそらく、彼だけが出入りする場所があるのだろう。


「成介……」

 成介さんに歩み寄る麻緋の表情は、なんだか怒っているように見えた。

 麻緋の思いを察しているのだろう、成介さんは少し困ったような顔を見せる。

「君たちの耳に入れるような事はありませんよ。どうか休んで下さい」


 麻緋は、睨むような目を見せて、成介さんに迫って行く。

 それもそうだろう……。


「お前にしては、梃子摺てこずったようだな。ぞ」


 麻緋の言う通り、成介さんのシャツには、何かに触れられたような跡が残っていた。

「まさかお前……」

 麻緋が成介さんに手を伸ばすが、成介さんは制止するように手を向け、その手を拒んだ。

「僕に触れないで下さい」

 麻緋は、苛立ちを吐き出すように息をつくと、成介さんをじっと見据える。

 互いに言葉を譲らないようにも、強い目を向け合う二人に、僕が入る隙間はなかった。


「……成介様」

 静かに頭を下げる桜花に、成介さんは理解を示しているようだった。

 ……もしかして、僕たちが戻りを待つ事を、桜花は阻止したかったのではないか……そんな思いが浮かんだ。

 麻緋の苛立った様子が、ますます強くなる。

「……確実かよ。馬鹿か、お前は」

 表情が険しくなる麻緋に、成介さんは穏やかな笑みを見せるが、答えはしなかった。

「……桜花、急ぎますよ」

「承知しております、成介様。準備は整えておりますので」

 ……準備……一体、何の……。

 成介さんは、桜花と共に先へと歩を進め始める。

 向かって行くのは浴場の方だ。

 ……まさか……成介さん……。

 僕の頭の中に、ある言葉が浮かんだ。



「おいっ……! 成介!」

 麻緋の怒りを交えた呼び声に、成介さんは足を止めると肩越しに振り向く。

「問題ありません」

 麻緋の言葉を押さえ込むようにも、成介さんにしては珍しく、強い口調だった。

 そして成介さんは、直ぐに桜花と共に行ってしまった。

 舌打ちする麻緋は、不機嫌な顔のまま、自室に戻って行く。

 険悪になったような雰囲気に心配する僕は、麻緋の後を追って麻緋の部屋に入った。


 苛立ちを抑え切れない麻緋は、壁に拳を叩きつける。

 僕は、その勢いに驚いていた。

 コンクリートの壁に少しヒビが入り、パラパラと欠片を落とした。

 それ程の力がある事よりも、それ程の怒りがある事に……だ。

「麻緋……」

 麻緋は、拳を壁にぶつけたまま、苛立ちを交えた声で言う。

「あいつは、いつもそうだ……許容を超えたうけいを行う」

「許容を超えた誓って……どういう事だよ……?」

 壁から手を下ろすと麻緋は、深い溜息を漏らし、ベッドに腰を下ろした。

「要するに……賭けだよ」

「賭け……」

 成介さんが神の血を引くげきだと聞いていただけに、やはりと、さっき浮かんだ言葉を再び頭に浮かばせた。

 覡であれば自身の体を依代に、その意向を聞く事が出来る。

 そこに賭けとは……勝負を持ち掛けたのは明らかだが、それは明白な結果を得る為のものでもある。


 その答えは二つに一つだ。


 あの時、成介さんは、調べておく事があると家の中に入って行った。

 麻緋の苛立ちも、この落ち着きの無さも、本人も察しているように、麻緋に関わっている事は確実だ。

 成介さんのシャツについていたあの跡は、まるで何かを訴えるようにも、成介さんを掴んだような手の跡に見えた。


「……だったら」

 僕は、真剣な目を向けて麻緋に言う。

「見に行くべきだよ、麻緋。成介さんは、自身の体を麻緋の両親の為に使ったんだろ……本当に罪を犯したのかどうかを確かめる為に」

「……ああ、そうだよ。あいつは頼んでもいない事を、平気でやりやがる」

 溜息を繰り返す麻緋。おそらく、麻緋も成介さんが何を始めようとしているのか、分かっているはずだ。


「麻緋……本当はそんなふうに思ってないだろ。自分の為に成介さんが力を使う事が嫌なんだろ。それは、もしもその賭けに負けたらって思うからか? そうじゃないよな?」

「……」

「負けると思ってんのかよ? 麻緋は僕よりも成介さんの事、分かってんじゃないのか? 成介さんは麻緋の事、よく分かってるよ」

「……成介の事を信じていない訳じゃない」

「だったら行こう。桜花は、僕たちが浴場から出た後、その準備を整えている。もう始まっているよ……」


 麻緋は、気持ちを整えるように深く息をつくと、ベッドから立ち上がる。

 そして、僕と麻緋は足早に浴場に向かった。



「正邪を見定める……盟神探湯くがたちが」

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