第26話 覡と巫女
正式である……本物の呪力。
麻緋の言葉を聞きながら、僕は光の様を見つめる。
美しくも弾ける光は強く、それでいて、僅かなものも見落とさない細やかさを感じる。
空に広がり、四方八方に伸びていく光は、雨降る夜空に星を描く。
降り
……綺麗だと……思った。
麻緋は、光の様を見つめながら、誇らしげに言った。
「成介は本物なんだ」
「本物って……呪力だけじゃなく? それってどういう……」
「ああ。あいつは神の血を引いている
神子は巫女とも書くが、それは女性が務めるものだ。
「覡……男だから覡なのか」
「ああ。巫女も……いたんだけどな……」
麻緋の声が、暗くも重く落ちる。
「それって……」
巫女も……いた。
痛いくらいに……胸が大きく騒つく。
その言い方に、察しはついた。
そうであって欲しくはないと、自分が察した事を否定しながらも、僕たちが身を置く闇の中には……それを肯定させるものがある。
麻緋は、深く息をつくと、静かな口調で話し始めた。
「成介の妹だよ。三年前、あの男は……成介の妹を連れ去り、人身供犠として……殺した。成介と妹は歳が離れていてな……あの時は……十三歳だったんだ。妹は、成介同様、強い呪力を持っていた。あの男はそうやって力を得たんだよ。だから三流……言いたくもなるだろ。まあ、実際、そうだけどな。あの男が持っている力ってやつは、人の命を奪って得る力だ。奴こそ禁忌そのものだろ」
「……っ……!!」
吐き気がする程に、怒りが込み上げる。
許せない……あの男……絶対に捕らえてやる……!!
「『俺は神など信じていない』……桜花にそう言ったのも……そういう意味だ」
あの時の麻緋と桜花の会話……麻緋の話で理解出来たが、ただ……胸が苦しくなるばかりだ。
『ただ俺は……神に守られる相手が本当に守られるべき存在であるのか……その見極めが出来ない神は神じゃないと言いたいだけだ』
『守られている事と仕わされている事の違いにお気づきにならない、本当の『生贄』を野放しにする気はありませんので』
『生贄』……桜花のあの言い方に、引っ掛かりを感じていた。
それが……こんな意味を含めていたなんて……。
続く麻緋の言葉に僕は……。
「桜花には元よりの名がある……成介の妹の『桜』の名を取って、成介が名付けた式神が桜花だ。桜花も成介の思いを理解しているから、本来の名より、桜花という名を選んだ。あいつに寄り添う事の出来る神がいる事に……俺は……本当はホッとしているんだ。裏切られても、裏切らない何かがあると……そう思えるからな」
「……うん」
傘を借りなくて……良かったと思った。
「……そうなんだ……成介さん……自分の事、僕に話さないから……知らなかった。だけど……同じような理由があるんだろうなとは思っていたけど……だけど……嫌だな。なんか……嫌だ」
僕の声は震えていた。
涙は隠せても、やはり……声までは誤魔化せない。
それでも、吐き出したくて堪らない言葉は、感情を素直に乗せた。
「来……」
麻緋が僕を心配そうに振り向いた。
「麻緋……僕たちはこんな形にならなければ……出会わなかった。そう思う自分が……過去を否定している。そんな過去がなければ、出会わなかったなんて……嫌だよ」
「過去がどうあれ、出会うという事には、それ以前よりも深い繋がりがあったという事だ。だから……必ず出会う。繋がりあったのは過去じゃない、縁だろ」
「……うん……そうだね……」
「本当は……成介から聞くのが筋だろうが……あいつ、お前のそんな顔を見るのが辛いんだよ。だからきっと自分からは話さない。お前の苦しみが分かるから尚の事だ。だが……俺はお前に成介を知って欲しいと思う。あの時……成介は、お前のいる方角に不穏を察し、飛び出して行った。物凄く慌てた様子でな……。あいつは普段から冷静で、焦るなんて事はなかった。事が起きたのは日中だっただろ、俺たちは真夜中にしか行動しない。あの男に生きている事を知られる訳にはいかなかったからな。そのルールをあいつは真っ先に破った。まあ……俺も後を追ったんだけどな……」
「……そうだったんだ。だから僕を……」
込み上げる感情に、胸が苦しくなって俯く僕は、それ以上、言葉が出なかった。
麻緋は僕の肩をポンと叩くと、僕が顔を上げるまで、ただ側にいてくれた。
『この世には、身を隠してでも生きなくてはならない理由を持つ者がいます。僕もその一人です』
成介さんが僕に言ったあの時の言葉が、あの時とは違う思いを浮かばせて響いた。
『僕が解きましょうか? 君の抱えた闇を』
『君の抱えた闇など、僕にとっては容易い事だと』
嘆いているだけでは何にもならない。
だから……。
生きると決めた。
絶望に身を焼かれていても。
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