第25話 正式

 麻緋が一人立ち去っていく事に、成介さんは溜息をついた。

「余計な事をしてしまいましたね……申し訳ありませんでした、伏見殿」

「いや……私が望んだ事だ。藤堂との約束は、誰がなんと言おうとも果たさなくてはならない。それが私に出来る弔いだからな」

「そうですね……」

 成介さんは、麻緋の後ろ姿を見つめ、寂しげに呟いた。

「それが麻緋には辛いのでしょう……自身の存在が原因であったと、思わずにいられないのでしょうから」

「私はそれを転換したいのだがな」

「分かっています。麻緋の存在があったからこそ、守るべきものが守られる……麻緋がそう思えるようになる事に、僕も力を添えましょう」


 藤堂との約束……麻緋の父親と親しかったのか……。


「それで……」

 成介さんの目線が僕に向く。

 じっと捉えるその目線が、僕を縛り付けるようで、僕は表情を引き攣らせる。

 ……なんか……嫌な予感。僕はゴクリと息を飲む。

「無断外出は禁じていたはずですが?」

 成介さんは、そう言いながらも、にっこりと笑みを見せる。

「どういう事なのか、整然説明して頂きましょうか」

 笑みを見せながらも、吐き出す言葉には圧がある。

 この笑み……正直、恐怖だ。

「あ……え……? え?」

 焦る僕は目線が泳ぎ、助けを求めるようにも麻緋を探したが、既に姿が見えない。


 嘘だろ。

 え……これって僕の責任って事?

 当の本人は既に立ち去っている。

 いや、同意の上だから確かに僕にも責任はあるが……。

 だけど……この状況。

 僕を……置き去り? 僕が説明責任果たすって事?

 あいつ、なんだかんだ、上手く逃げやがった?

 あのやろーっ……!!


「あ・さ・ひーーっっ……!!」

 きっと麻緋は、僕の呼び声を聞いて、ははっと笑っている事だろう。

 だけど僕には、それが心地よかった。

 少しでも麻緋の傷が癒えるなら……。


 成介さんと伏見司令官が顔を見合わせる。

 そして、互いに笑みを見せ合うと、僕へと目線を向けた。

「どうやら、いい関係性が築けているようですね」

 成介さんは、そう言って笑みを見せると、伏見司令官と共に屋敷の中へ入って行く。

「え……? どうして勝手に外に出たか……聞かないの?」

「冗談ですよ、必要ありません」


 あれが冗談って……笑えねえ。


 相変わらず、真意が見えない人だ。

 まあ……だけど。今はもう、不信感はない。

 成介さんは、成介さんなりに麻緋を心配しているのだろうから。

「僕は、伏見殿と少し調べておく事がありますので、来は麻緋と戻っていて下さい。きっと、君を待っていますから。傘、使って下さい」

「あ……うん……でも傘はいいや、急いで追うから邪魔になる」

「そうですか」

 不思議にも思いながら、中へと入って行く二人を見送り、僕は麻緋の後を追った。



「麻緋?」

 城壁の前に停めた車の前にしゃがみ込む、麻緋を見つけ、僕は近づいた。

「なにしてんの……? 雨降ってんだから、さっさと乗った方がいいんじゃねえ?」

 聞いているのか、聞いていないのか、麻緋は長い溜息をついた。

「どうしたんだよ? 麻緋」

「ああ?」

 え。なんで不機嫌。

 どっちかっていうと、不機嫌になりたいのは僕なんだけど。

「ったく……成介のやろー」

「え? 成介さん?」

「真ん前に停めたのはマズかったな。まさか、ここまで来るとは思わなかったし」

 ああ……やっぱり成介さんに車の事、隠してたんだ。


「リミッター付けられちまった。スピード制限って、ありえねえ」

「え? そこ? いや、お前には必要だろ。ていうか、知ってたんだな、成介さん」

「知ってるもなにも、リミッター付けられるから、隠してたんだよ。この間、外したのに、また付けられちまった」

「ああ……そういう事……成介さん、麻緋の事、よく分かってるね」

 帰りは安全だと、僕はホッとする。

「あいつ、姑息なんだよ。なんにも言わずに、いつの間にかやってやがる。どうせ、家ん中調べてんだろ?」

「ああ……まあ……」

「ふん……」

 麻緋は、立ち上がると車に寄り掛かり、屋敷の方を眺める。

 僕も同じに目線を向けると、屋敷を包むように青い光が見えた。

「あれは……成介さんが?」

「ああ。幻影術の残存ってのは、念が生んだ呪いのようなもんだからな。断ち切らない限り、こびり付いたまま離れない。まあ……俺はそれでもよかったんだが、成介は呪詛の痕跡を辿れる。収監所にいたあの男……元凶が奴だと分かったのも、成介の力だしな。来、見てみな」

 青い光が四方八方に伸びていく。

 その光を眺めながら、麻緋は言う。

「何故、俺たちが真夜中に行動するか……闇の中でしか生きられないというだけじゃない。闇の中でしか見えないんだよ……」


 四方八方に伸びた光が、パッと花火のように弾け、光の粒が降り落ちていく。

 その様を眺めながら、麻緋は言葉を続けた。


「簡略化せずに正式である……の呪力ってやつはな」

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