第22話 破滅の転移

「お前には……見えた……? 麻緋の呪いを俺が、だと? ふざけるな」

 九重は、ギリッと歯を噛み締めながら、僕を睨みつけた。

 力を振り絞るように腕を振り、体に巻き付く影を断ち切ったが、立ち上がるまでの力は残っていないようだ。


 引っ掛かっている事がある。

 麻緋が生きていると供犠が成立しないと、九重が言っていた事だ。

 ……生贄。

 スケープゴートは供犠と同じように、生贄の意味合いを含めてはいるが、それは己の罪の転換の為だ。スケープゴートに選ばれた者は、生かしておく必要がある。力を維持する為の身代わりだ。

 だとしたら……。


 僕は、九重と目線の高さを合わせて屈み、話を始めた。

「麻緋が生きていると供犠が成立しない……そう言ったな。供犠なら……その命は必ず奪われる。人身供犠として選んだなら……その命を何かに捧げようとする為に失う事になるんだよ。それは、人智を超えた絶大な力に乞う為……もしくはそれを得る為にだ。その為になんだよ。それには、他にはない、他よりも優れていると思われる者に白羽の矢が立てられる。求めるものに見合うものでないと、供犠にならないからな。麻緋には……麻緋が受けた呪いには、命を奪うという呪いが込められているんだよ。それは、麻緋の弟の悠緋の命をだ。だが、おかしいだろ……お前……何の為に悠緋を連れ去ったんだ? 供犠として悠緋を連れ去ったなら、改めて呪いを掛ければいいだろ。呪い殺すにも多少の時間が要るが、そもそも供犠の為だというなら、呪い殺すのはおかしな事だ。そもそも、呪いなど掛けなくても、連れ去ったならいつでも供犠は出来るはずだろう。こうしている間にも、だ」


 九重の目の奥を覗くように見る僕の目線に、九重はニヤリと笑みを見せた。

 ……やはりそうか。

 僕が確信を得るのと同時に、九重の笑い声が響き渡った。

 僕は、半ば呆れたようにも長く息をつくと、九重から目線を逸らさずに、ゆっくりと立ち上がった。

「なんだよ? 全部、見えているんじゃなかったのか?」

 僕の言った事は、目的とは別の話なのだろう。嘲笑うような九重の態度を、冷ややかに見ながら僕は言った。


「このままだと、お前……死ぬぞ」

「ははっ。呪い返しが成功したと言うのか? だったら残念だな、その呪いを返せたとしても……」

「目的に従って転移される。だろ?」

 僕は、九重の言葉を遮って、言い切るようにそう答えた。

 地に膝と手をついたまま、斜め上に僕を睨み見る、九重の表情の変化を窺いながら言葉を続ける。

「そもそも、これはスケープゴートだからな。破滅の転移呪法……それは呪いの目的だ。まあ、それも目的の一つであって、最終的な大きな目的に辿り着く為に必要な過程だ。つまりは、お前たちが重ね続けた罪を、スケープゴートに転移させ、供犠を成立させる……罪の転換が出来なければ、更に目的の一つである人身供犠も成り立たなくなるからな」

「はは。よく分かっているじゃないか」

「当然だろう?」

 見下すような目線を、僕は九重に向ける。


「麻緋同様、僕がまだ生きている事で、その供犠も成立しない。お前たちの目的は、達成出来ないという事だ」

 僕をじっと見つめる九重は、眉を顰めた。

「……お前……誰だ?」

 九重の表情が真顔に変わった。

「僕が名乗れば、お前たちの目的は何か変わるか?」

「どういう意味だ?」

 かんぱつを容れずに、僕は答える。

「白間 来。僕は禁忌呪術を使った事で、全てを失った。ここにこうして姿を現していようとも、この存在を証明出来るものは、闇の中以外には何処にもない」

「白間……」

 この様子からして、やはり僕を知っているようだ。

「それは残念だったな?」

 負けを認めない態度も、僕に対してのあざけるようなこの態度も、九重たちの目的に繋がっている事だろう。

 悔しさや怒りの感情は、もう湧かなかった。

 それは諦めからではない。

 麻緋がそっと僕の少し後ろに立った。


 今の僕には、抗い、敵おうとする術を持っている。

 麻緋が僕を誘ってここに来た事も、無断で外に出た僕たちを成介さんが黙認した事も、僕にとっても重要な事だった。


「残念なのは、お前の方だよ、九重」

 冷静で起伏のない僕の口調に、九重は慎重な様子だ。おそらく、僕がブラフを張っている訳ではないと察した事だろう。

「お前……俺の何が見えている……?」

「両儀の変化……『拮抗律』だ。まあ、それだけじゃないけどな」

 僕の言葉に、九重の表情が強張った。

 九重は、僕から目線を逸らし、地についた手をグッと握り締める。

「白間……お前……麻緋と同じに染まったのか」

 九重のその言葉に、僕は答える。


 その言葉は僕にとって、全てを受け止められる許容を持っていた。



「守る為には……染まらなければならない闇があるんだよ」

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