第21話 遁甲
呪符が男の周りをぐるりと囲み、円を描いた。
完成すると円は強い光を一瞬だけ放ち、男を照らした。
「呪符とは、また古風な事を……」
男は不遜にも鼻で笑い、周りを囲む呪符に手を翳すように向ける。
「この呪符には目的がないな。札使いも聞いて呆れるね。陰陽の両儀は天地にあり、天地によって定められる。札など使わなくても術を使える術者は、己自身が両儀を上手く使える。その効力は勿論、術者の力量……それは中心で決まるというもの」
呪符に手を翳し、その手をギュッと握り締めると、呪符が一斉に燃え上がった。
揺らめく炎が照らす男の顔は、勝ち誇ったような笑みを湛えていた。
中心で決まる……か。
僕が俯いた事に、男は高笑いを響かせた。
「……三流」
その言葉に、男が反応を見せる。
鋭い目線を向ける相手は……僕だ。
そう呟いたのは、麻緋ではなく、僕だったからだ。
僕は顔を上げると男に目線を戻し、睨み合いながら口を開く。
「確かに……麻緋の言った通りだ。知識
「呪符が無ければ術を使えない奴が、何をどう変えられるという? 呪符を燃やす火は、そろそろ消してやろう。勿論……呪符が燃え尽きた後で……ね?」
「じゃあ……その火が消える前に、もう少し突っ込んだ話をしようか?」
「どうせ何も出来やしないだろう、今夜は気分がいい。麻緋に会えたし……ね? そもそも今夜は、先に言ったように生存確認だ。麻緋の状況が知れれば、後は容易い。暇潰しにでも聞いてやるよ」
「だってよ、麻緋?」
僕は、ニヤリと笑みを見せて、麻緋を見た。
僕が意味ありげな目線を向ける事に、麻緋は少し呆れた顔を見せる。分かっているなら訊くまでもないだろうと、その目が言っているのが伝わった。
「お前が話せばいいだろ、来。説明するのは面倒だ」
そう言って麻緋は、数歩、後ろに下がった。
「じゃあ、遠慮なく」
そう言いながら僕も、麻緋と同じ位置に下がる。
「ところで、あいつの名は?」
「
「それはそれは、ご立派な名前で」
「重圧に押し潰されそうなだけだろ」
「成程。じゃあ、焦りが先に立って、道理が理解出来ないのも納得だ」
僕たちが下がった事に、九重は怪訝な表情を見せたが、自分の力に対しての自信が警戒心を麻痺させる。
「なんだ? やっぱり諦めたのか? だったらその首、置いていけよ」
九重が大きく手を振り上げると、呪符に点いた火の勢いが強くなる。
火の粉が弾け、更に勢いよく燃え上がった瞬間に、呪符が空へと高く舞い上がった。
「……それなら」
僕は、その様を見ながら、口を開いた。
空に広がっている麻緋の正邪の紋様が、緋色の光に輝き出した。
同時に、火を纏ったまま舞い上がった呪符が、配置を変えるように回り、紋様と共に円を広げる。
「お前が麻緋に掛けた呪いを……持っていけ」
紋様と呪符が描いた円が重なり、呪符に点いた火が燃え尽きると、九重の姿だけが影のように黒く染まる。
僕は、奴へと歩を進めて行った。
「俺が……麻緋に掛けた呪いを……だと……?」
九重は、自身を覆う闇を引き裂き、顔を見せたが、全ての影を引き裂く事は出来ず、動きが制限される。
ひらりと舞い落ちる呪符を、僕は指に挟んだ。
「呪符を燃やすのは、九重 塔夜……お前が言った通り、実力が伴わないと効力が出ない。実力なしに呪符を燃やせば、その反動は呪符を燃やした者に出る。お前は今、過信した自分の力に足を引っ張られているんだよ」
僕は、手元に戻った呪符を見つめ、それを九重に見せるように向けた。
「お前……それ……」
九重の表情が強張った。
知識はあるようだが、やはり表面だけしか見ていなかったようだ。
言葉を並べれば、確かにその意味も知っている事だろう。
ただ……単純な組み立てしか出来ない。
つまりは応用が効かないという事だ。
相手が知っている事は、自分も知っている。言葉を重ねる事で、優越感を得ていたのだろう。
だが、言葉が出れば、その知識は生かされる事だろうが、どんな時にどう使うかまでは理解しきれていない。
愕然としたように地に膝をつく九重に、僕は言う。
「僕は、お前の両儀を見定める事にした。それによっては、攻め方を変えなければならないからね……お前の周りに張り巡らせた呪符は、両儀……つまりは陰陽の状態を見る為のものだ。それは……」
キラリと金色の光を呪符が纏う。
その光が僕に馴染むように、柔らかな光で僕の体を包んだ。
「
麻緋が僕の隣に立つのを横目で見ながら、僕は九重に向けて言葉を続けた。
「何もないんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます