第20話 裏切りの酷薄

 体の中から、全身に回るように怒りが込み上げた。

 その怒りは大きく、体を震えさせた。


「供犠だと……? お前……麻緋の弟をどうするつもりだ……?」

 抑えきれない怒りに、ギリッと歯を噛み締める。

 僕の腕にそっと触れられた麻緋の手が、落ち着けと言っているのが伝わった。


『心を顔に出すな。相手の術に嵌り易くなる』

 ……分かってる。だけど……。

 男は、僕をちらりと見たが、僕に興味はないのだろう、直ぐに麻緋へと目線を戻した。

 そして、ふうっと長く息をつくと、また口を開く。


「ああ……久し振りの再会で堅苦しくなってしまったな……やっぱり以前のように話そうか」

 男の口調が変わったことに、僕は眉を顰める。

 以前のように話す……?

「苦しむところは見たくないんでね、そろそろ終わりにと思ってさ……これはお前に対しての優しさだよ。流石に堪えるのも、限界に近づいているだろう? 生き続けるのも苦しいだけじゃないのか? いっその事、捧げてしまえば楽になれるだろう?」

 男は、麻緋の胸元をなぞるように、スウッと指を向けた。

「俺はこれでも心配しているんだよ、として……ね?」

 そう言って男は、にっこりと笑みを見せた。


 男の言葉に、僕は耳を疑った。

 何を言っているんだ、こいつは。

 優しさ……? 友人……? この男が麻緋の友人だと? よくも……そんな事が平然と言えるものだ。

 言っている事の全てがおかしいだろ。

 もしも本当に友人だったなら、お前は麻緋を裏切ったって事だろう!

 ふざけるな……そこまでしておいて、友人などと言える訳がないだろう!!


 麻緋が身を呈しても守ろうとしている弟の悠緋を、友人ヅラして連れ去ったんだ、こいつは……!!


 こんな残酷な事があるかよ……。

 きっと……麻緋はこの男を信用していたのだろう。友人だと……疑う事もなく、信じていたんだ。

 敵意をもって悠緋を連れ去ろうとしたならば、麻緋なら容易に阻止出来たはずだ。

 自身が呪いを受ける事もなかっただろう。

 ……悔しい。悔しくて、怒りが治まらない。

 こんな男に……全てを奪われるなんて、我慢ならない。

 その時の絶望がどれ程のものだったかを思うと、胸が苦しくなる。

 麻緋を心配する僕は、麻緋の表情を窺った。

 麻緋は、じっと男を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「俺とお前が……友人……?」

 ……麻緋……。

 麻緋は冷静だった。

 感情を抑えているのは目を見ても分かる。

 だけどその冷静さが、麻緋の怒りの大きさの表れだ。

「俺は再会を喜んでいるよ、麻緋。忠告出来るのも、友人だから出来る事だしね?」

 そう言って男は、また笑みを見せる。


 麻緋は、冷ややかな目を向けたまま、男に言った。



「だったら……俺の前で笑うなよ」


 麻緋は、空に広がる紋様へと手を翳した。

 紋様の色が緋色に変わると、男目掛けて光を落としたが、男は光を避け、僕たちと距離を置いた。

 光を避けた事に、高慢にも見下したような目を向けて、男は言う。

「麻緋……由緒正しき家柄、元より与えられた能力を持つお前が王者なら、俺は実力で伸し上がった覇者だ。その能力も実力に伴わなければ、何にもならない」

 嘲笑うかのようにそう言った男に、僕はもう黙っていられなかった。


「おい……さっきから黙って聞いていれば、お前……実力を発揮出来ないようにと、麻緋の家族を奪ったのか? それは、そうでもしなきゃ、麻緋に勝てないと思ったって事だろ? 悠緋に向けて放った呪いも、麻緋が庇って受けると分かってやったんだな? その呪いが、麻緋の力を抑え込めると思ったんだろう? だが……それはお前の大きな誤算だ。お前は、麻緋に勝てねえよ……絶対にな」

「なんだ……お前? 俺と麻緋の話だ、お前には関係ないだろう」

 挑発的な僕の態度に、男が僕を睨み見る。

「関係は……大いにあるんだよ」

 僕は、呪符を構える。

 この呪符は、放てば多数に広がる。それは、この一枚に全てが収められているからだ。

 どう組み合わせるかで、その広がり方で呪力も変わる事だろう。それは、呪符の配置によるものだ。


 ……目的は定まった。


 四方に立てられた白羽の矢。

 僕たちから全てを奪い、代わりに与えたのは絶望だ。

 だけど……。


『共に闘ってくれませんか』


 抗う準備は出来ている。



 僕は、男が立つ位置に向けて呪符を放ち、多数に広がっていく呪符に配置を命ずる。


両儀四象八爻りょうぎししょうはっこうけんしんそんかんごんこん


 呪符は、男の足元をぐるりと回って地に張り付き、男を中心に円を描いた。

 この呪符がどういったものかを理解した僕には、既にこの呪符に慣れていた。

 それに気づく麻緋は、僕に目線を向け、ふっと笑みを見せる。

 言葉を返す代わりに、僕は頷いた。


 男に目線を戻し、見据えながら、誓うようにも僕は言った。



「闇に染まり、闇に生きる『闇犬』は、この目で見たものをたがわない……麻緋と共にお前を狩る」

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