第19話 陽爻と陰爻
僕は、屋根にぞろぞろと現れた者たちへと向かって呪符を投げた。
僕の手元で一枚に纏まった呪符が、またバラけて、現れた者たちへと一斉に向う。
バラけた呪符一枚一枚が、一人一人に張り付いて青、赤、白、黒の四色を現すと、身動きを封じた。
「来」
その様を見て、麻緋がニヤリと笑みを見せる。
僕は、呪符の様子を見つめながら麻緋に答える。
「僕は、呪符には図柄だけではなく、必ず文字も描く。だから……僕が使う呪符は字図符だ」
「つまりそれは?」
麻緋は、知っていて僕に答えさせている。
そもそも、呪術を使う者なら知っていて当然だ。
そうでなければ……。
僕の目線が麻緋の紋様に動く。
正邪の紋様。
そうだ……この紋様は……。
先天図に似ている。
先天図は呪符によく描かれ、陰陽の
しかもこの紋様は、木、火、土、金、水の五行を表し、そして更に五象も含めている。つまりは、四方と中央を守護する五神の力を持っているというものだ。
紋様の色が違うのも、配列を自在に変える事が出来るという訳か……。
屋根にいる者たちが、拘束されたまま地に落ちてくるのを見つめながら、僕は麻緋に答える。
「図柄だけでは呪符を使う目的が伝わらないからね……それは同時に呪符の対象も理解する事で伝わり、効力が現れる……伝われば、その効力は絶大だ。そしてそれは……」
地に落ちて来た者たちは、音もなく呪符だけを残して消えていく。
僕は、言葉を続けた。
「その対象が何であるか……幻術にしても、生み出したその現象には必ず呼び名があるからな。それが当て嵌まる事で伝わるんだから、確実だ。例えば、鬼を祓うというならば、対象となるのは当然『鬼』だ。生み出された現象が『鬼』であったならば、呪符の効力と対象が一致する事で効力が出る」
「上出来だ。攻撃される前に、よく見破れたな」
「よく言うよ。守りに特化していると言っていただろ、呪符の効力で既に抑えられていたじゃないか」
「まあな……だが、一瞬でそれが読み解けるとは、流石は札使いだ」
麻緋は、満足そうにニヤリと笑みを見せた。
僕は、地に広がり落ちた呪符を見つめ、麻緋に言う。
「だけど……それで終わりじゃない。正直、僕には、この呪符を描く事は出来ないが、使う事は出来る」
「好きに使えばいい。その為の呪符だ」
麻緋は、興味深そうに笑みを見せながら、そう言った。
僕は頷くと、呪符へと手を翳すように向けて呪符を動かし、呪符で円を描きながら言葉を発する。
「呪術とは、陰陽の掛け合わせだろ。
言い終わると同時に円は完成し、大きな光を放った。
強い光が円を一周すると飛び抜け、弧を描いて屋根へと向かう。
バチッと光が弾けた音が響いた。
……破られたか……。
放たれた光がパッと消えた。
予想はついていた事だった。
まあいい。
この呪符に慣れるには、様子を見るのも必要だ。
呪符はまた一枚に纏まり、僕の手元に戻る。
僕が描く呪符は、役目を終えれば消えるが、この呪符は、何度使っても消えない。
麻緋が眠っていると言ったのは、そういう事か。
呪符自体が四象の顕れという訳だ。こんな呪符……中々描けない。
この呪符が目覚めたとなれば、呪力は持続するという事だから、効力は期待出来る。
ただ……どう使うか。
呪術は陰陽の掛け合わせと言ったが、その掛け合わせは多い。
先ずは相手を知る事か……。
そうはいっても、相手の呪力の強さは相当なものだろう。
麻緋も相当な強さの呪力を持っている。なのに麻緋の家に現れるくらいだ、自分の呪力に自信があるのだろう。
屋根に新たに人の姿が見える。どうやら本体が現れたようだ。
麻緋が屋根を見上げ、現れた者へと向かって言う。
「ようやくお出ましか。呪力の見定めは済んだか? それが見誤っていなければいいがな……?」
近くにいるのは分かりきった事だったが、直ぐに攻撃してこなかったのは、麻緋が言った言葉にあるのだろう。
「いえ……生存確認ですよ」
纏わり付くように重い、男の低い声が流れる。
……生存確認って……。
麻緋の痣の事か……。
こいつ……。
不快感しかなかった。
正しいとか、間違っているとか、それは互いに抱えているものである事だろう。
だからといって僕は、自分が正しいと言い張るつもりはない。
だけど……。
男は屋根から飛び降り、僕たちの前に立った。
「まあそれも……そろそろ終わりにしたいと思いましてね……わざわざ出向いて来たというところです」
こいつは間違っていると、はっきりと言える。
笑みを見せて男が言う言葉に、体の中から怒りが湧き起こってくるようだった。
「貴方が生きていると、『供犠』が成立しないものですから」
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