第18話 完全な呪符

「目覚めの時間だ」


 振り翳した麻緋の手に従うように、辺り一帯が真昼のように光を弾けさせた。

 眩しい光に僕は目を細めたが、次の瞬間に、あの時見た紋様が大きく空に広がった。


「正邪の……紋様……」

 あの時、男が言っていた言葉が、僕の口から漏れた。

 だけど……色が違う。

 光が弾けて白く見える中……浮かぶ紋様の色は黒だった。


 屋敷に背を向け、僕と向かい合う麻緋が言う。

「来……札使いのお前になら、見えるだろ?」

「え……それって……」

 もしかしてと思い、僕の目は、僕の目に見えるものを全て追う。

「……っ……」

 僕は、声も出ない程に驚いていた。


 麻緋が背にした屋敷の扉が開き、次から次へと呪符が飛び出してくる。

「受け取れ、来!」

 受け取れって……この量をどうやって……。

「呪符なら大抵は使えんだろ? 来?」

 ニヤリと笑みを見せる麻緋は、僕に意味を気づかせている。

 ……麻緋……僕は。

 目を閉じ、僕はゆっくりと深呼吸をする。


 初めて呪符を使ったのは、僕が力の限界を感じた時だ。



『白間先生……! 来て下さいっ……!』

 白間先生……そう皆に呼ばれていたのは僕ではなく、僕の父親だ。

 僕の父は医者だった。そして僕は、父の跡を継ごうとしていた。

 先日起こった原因不明の大火災で、町は惨状と化していた。

 奇跡的に死傷者はなく、皆が力を合わせて復興を目指していた。

 それは……そんな中の出来事だった。


 ただならぬ様子に、僕は父と共にその場へと向かった。

 ……なんだ……これは……。

 人がバタバタと倒れていく。

 どうしたのかと駆け寄ったが、呼吸は荒く、話せる状態にない。

 伝染病……? 感染したのか……? 一体、何に……。

 だが……こんなに一瞬で感染するものか? いや……もしもこの間の火災が原因で、何かに感染したとしても、こんなに早く悪化するか……?

 だったらなんで僕は、なんの症状も出ていないんだ。

 僕は、父の判断を仰ごうと、父の元へと走った。


『来……』

 懸命の処置も虚しく、看取った後、父は悲しげな表情で僕を振り向いた。

『……すまない』

 何故……僕に謝るのか……ゆっくりと進める足は、もうその答えを知っていた。


 まるで……眠っているようだった。

 眠っているだけだと思いたかった。

 父が看取っていたのは……母だった。


 悲しみにふける間もなく、日に日に人が亡くなっていった。

 僕と父は手を尽くしたが、助けられた者は一人もいなかった。

 そして僕は……。


 僕が最後に助けられなかったのは……父だ。


 ああ……そうだ。

 あの時、父は僕に何かを伝えようとしていた。

 息も絶え絶えに、遺した言葉は……。

 思い出せない。

 救おうとする事が精一杯で、父の言葉を聞く事に集中出来ていなかった。

 力を振り絞るように僕へと向けた父の手には、呪符が握られていた。

 僕は、その呪符を見ると、父の手ごと握り締めた。

 頭に浮かんだのは、回復術だ。

 昔から伝わる回復のまじないは、苦痛から逃れる為の呪文を使うが、万能ではない。

 きっとそれは、呪文を唱える側と、呪文を受け止める側の思いの深さに関わりがある事だろう。

 だがそれも、重篤となった者には届かない。

 だけど呪符は一定の呪力を保ち、万能だ。


 だから僕は、父が握り締めた呪符と、僕の言葉に込めた呪力を重ね合わせ、より強力な呪力を求めたんだ……。



「来! 受け取れ!」

 通り抜けるように響く麻緋の声が、父の言葉を思い出させた。


『……四神をかたどり……中央に……五色を……五象を……五佐は……』



 僕は、呪符に向かって手を翳し、目を閉じた。

 ……父さん……。

 父さんは、自分が助かる為に呪符を僕に渡したんじゃない。

 それは、父が息を引き取った事で気づいていた事だった。

 


「東に青……南に赤。西に白。北に黒。四色ししきは四神を象り、四象をあらわせ。中央にはきんを顕し、五色ごしきを象れば、五象を顕す。そして……」


 バサバサと呪符が僕に纏い始める。

 僕は、その音を耳にしながら、目を開けると言葉を続けた。


「五象を補佐する五佐を顕せ」


 カッと光が強く弾けた。

 僕の言葉の通り、金色に輝く。

 無数の呪符は、金色の光を集めながら一枚に纏まり、僕の手に収められる。

 ふっと笑みを見せる麻緋に、僕は歩を進めて行った。


「麻緋……これ……」

「完全な札使い……ね。成程、これは説得力があるな」

 麻緋は、ニヤリと笑みを浮かべながら、言葉を続けた。

「呪符を使うには、条件が二つある。一つは、呪符に描かれているものが理解出来ている事、もう一つは……来、お前は知らなかったようだが……」


 僕以外の者は、皆死んでしまった。

 あの状況の中で、何故、僕が禁忌を犯していないと分かったのか……。


「自身の呪力が如何にあろうとも、禁忌を犯した者は呪符を使えない。そして、その効力は……」


 麻緋の目線が上へと動く。

 やはり……誰かいる。それも一人や二人じゃない。

 屋根にぞろぞろと、人の姿が現れ始めた。


 この呪符が、どれ程の威力を現してくれるのか。


 麻緋が答える言葉は、僕が屋根に向かって投げた呪符の答えと重なる事だろう。

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