第17話 死蔵の覚醒

「麻緋……僕……呪符、持って来てねえ」

「……」

 麻緋は何も答えず、足も止めない。その表情さえ、変わる事はなかった。

 僕も足を止めずに共に歩き続けるが、戻った方がいいのではと、後ろを振り向くばかりだった。

 だが、既に遠く離れている。

 戻る時間の余裕などないだろう。


 だけど、このまま僕がついて行っても力になれない。

 そう思う僕は、足を止めた。

「麻緋、僕、急いで戻って……」

「いいから、先を急ぐぞ」

「いいからって……いい訳がないだろ。これじゃあ、僕は足手纏いだ」

「戻れば、もうこんな機会はない。成介は、二度は見逃さねえよ」

「え……成介さん、僕たちが外へ出た事、知ってたの……? ええー……じゃあ、麻緋も気づいていて出たのかよ」

 驚く僕に、麻緋はさらりと答える。


「あいつには桜花がいるからな、気づくのも当然だ。門番は桜花だよ。任務から戻って来た時だって、桜花が既に出迎えていただろ」

「確かにそうだったな。姿を現すも消すも自在だもんな。じゃあ……僕が呪符を持たずに出た事にも気づいていたり……」

 言いながら後ろを振り向く僕に、麻緋は呆れたように溜息をつく。

「お前は、忘れ物を届けに来て貰おうとするガキなのか? そもそも、桜花はお前の母親じゃねえぞ」

「そんな事、分かってるよ! 言った自分が恥ずかしくなるから、そんなふうに言うな」

「だったら、忘れたなりにどうにかしろ」

「どうにかって言ったって……」

 麻緋は、落ち葉を拾うと僕の頭に乗せた。

「なんだよ?」

「狸は葉っぱで術を使うって言うだろ?」

「っ!!」

 このやろーっ!!

 僕は、葉っぱを払い落とす。

「僕は狸じゃねえ! そもそも、お伽話だろ!」

「ははは」

「笑ってんな! クソ麻緋!」


 ……まったく。これから闘いになるというのは目に見えているのに……。

 まあ……でも……これが麻緋か。


 麻緋は、笑うのをやめると、僕に訊ねる。

「なあ、来。お前……呪符ならどんな呪符でも使えるか?」

「どんなって、どういう意味だよ? 誰かが描いた呪符でもって事? まあ……呪符なら大抵は使えるけど」

「俺の家に、保管されたまま眠っている呪符がある。それ……使ってみるか?」

「え……呪符あるの? マジで?」

「ああ、マジで」

「だけど、今、お前の家にいる奴に奪われていたりしないのかよ?」

「呪符なしで術使える奴が、呪符に興味ある訳ねえだろ」

「悪かったな……興味ありありで」

「はは。まあ、その呪符自体が守りに特化している。おそらく、見つけられねえだろ、俺以外はね」

「ふうん……そうなんだ」

「なにせ、眠っているからな……?」

 麻緋は、意味ありげにニヤリと笑みを見せた。


「ところで……お前の家まで、後どのくらいで着くんだよ?」

「このまま歩けば、夕方には着くかな」

「夕方って……今、真夜中だぞ。それは流石にマズイんじゃ……? そもそも、そんなに歩きたくねえ」

「心配するな。そこに車を隠してある」

 暗くてよく見えないが、麻緋は闇を掴むように手を伸ばした。

 闇に馴染んだ、黒い大きな布がバサリと翻ると、車が置いてあるのが見えた。

「乗れ、来。急ぐぞ」

「あ……うん」

 車で移動は助かるが、なんで拠点からこんなに離れた場所に隠してるんだ? 成介さんにも隠してるって事か……?

 それにしても……。


「おいっ……! 麻緋っ! 飛ばし過ぎっ! ぶつかるぶつかるぶつかるーっ!!」

「うるせえ! 急がねえと夜が明けちまうだろーがっ! 黙ってしっかり掴まってろっ!! 俺の運転テクニック、ナメんな!」

「知らねえよっ! お前の運転テクニックなんかっ!! そんなに自信あんなら、同乗者に恐怖を感じさせんなっ!!」

「その恐怖も、もう終わりだよっ」

「うわっ……!」

 カーブを抜けると同時に、ザザッと車が横滑りしながら走り、そして止まった。


 ド……ドリフトしやがった……こいつ、僕の反応を楽しんでやがる。

「着いたぞ、来」

 麻緋は、さっさと車を降りる。

 なんか……僕、もう疲れたんだけど……。

 僕は、大きく息をつくと、車を降りて辺りを見た。


「え……」

 目に映る光景に、僕はただただ驚いている。

 これは……確かに……。

「来、なにやってる、早く来い」

「あ……うん……」

 これ……城壁だよな……。

 目に見える範囲だけでも、敷地の広さが分かる。


 名家の息子っていってもこれは……凄過ぎる。

 城壁を抜け、更に奥へと進むが、遠くても屋敷が見えるという事は、相当な大きさだ。

 だけど妙だな……室内に明かりが見える。

 ここにはもう麻緋の家族はいない。

 家族がいなくなってから、どのくらいの年月が過ぎたのだろうか。

 結界に干渉している者がいると言っていたが……まさかそいつが……。


 まるで迎え入れるようにも、庭園を飾る灯籠に明かりが灯り始めたが、麻緋に気にしている様子はない。

 屋敷を前に、麻緋は足を止めた。

「麻緋……やっぱり誰かいるのか」

「ああ……いるよ」

 麻緋が屋敷へと背を向け、手を振り翳すと、まるで真昼のように光が弾けた。



「目覚めの時間だからな」

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