第16話 誰かの為に

 僕たちが集まったこの場所が、中央となっている……。

 そう成介さんは言った。


 僕をじっと見る伏見氏の表情は、僕に期待しているように見えた。

 四地相応。

 それぞれ四方に配されたように、その方角に僕たちは住んでいた。


 僕の今の状況がどうであるのかは、今の話でだいぶ理解出来た。

 だけど……。


 白が正しいとも、黒が間違っているとも言えない。


 僕がこの闇に染まりつつある事に、偏見はないのだろうか。

 少しずつも打ち解けていく事の仲間意識が、正義を主張するに過ぎないのなら……。


 僕は、理解は出来ても、納得は出来なかった。そういうよりも、納得していいものかと迷っていた。

 そんな僕の様子に伏見氏は、ふっと穏やかな笑みを見せた。


「来。この闇に染まり、挑むべきものに挑む事は自己防衛の一つだ」

「自己防衛……」

「お前が自分を守る事が出来たなら、お前が守りたいと思うものも守れるのではないか?」

「僕が……守りたいもの……」

 僕は、小さく呟くが。


「そんなもの……何もないよ」


 続けた言葉は、はっきりと声に乗せて、儚げに笑った。

 ……だけど。


『その理由を……!僕の理由に置き換えてくれよっ……!! お前が自分を犠牲にしてまでも、守ろうとしているのは誰なんだよっ……!』


『弟だ』


 自分の為に、でなくていい。

 誰かの為に、であって欲しいから。


「自分にとっては何もないけど……」

 僕は、伏見氏を真っ直ぐに見て言葉を続けた。


 僕の言葉に伏見氏は、成介さんと目を合わせ、笑みを浮かべて頷き合っていた。


「誰かの守りたいと思うものを守る事が、僕の守るべきものだと言えるから」



 自室に戻ると、何故か麻緋がいた。

「おい……人のベッドで寝てんなよ」

「もう眠ってる時間なんかねえよ」

 麻緋は、仰向けに寝転んだまま、そう言った。

「まあ……昼夜逆転の生活だからな……今は寝る気はないけど」

「そうじゃねえ、今から出るんだよ」

「は? なに言ってんだよ。任務があるなんて聞いてねえぞ。たった今僕は、成介さんと……」

「伏見に会って来たんだろ?」

「うん……」

 まあ……部屋は隣だし……分かる事だよな。

 だけど……なんか、麻緋の様子が少し違うような気がする。


 麻緋は起き上がると、僕を擦り抜けてドアへと向かった。

「行くぞ、来」

「おい……勝手に外に出ていいのかよ?」

「嫌ならいい。俺一人で行く」

「なに言って……」

 麻緋は、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「待てって……!」

 ああ、もう!

 僕は、麻緋の後を追った。


 一人で行かせる訳にいかないだろーが。

 一体、なに考えてんだよ……。

 勝手に外へと出た僕たちだったが、警報が鳴る訳でもなく、普通に出られた。

 麻緋は何も気にする事なく、先へと歩を進めて行く。

 僕は、誰にも告げずに外へと出て本当に大丈夫なのかと、不安を抱えて建物を振り向いたが、直ぐに麻緋の後を追った。


 この時、外へと出た僕たちを成介さんが黙って見ていたのを、僕は気づいていなかった。



「おい……麻緋」

 足早に歩を進める麻緋に追いつくと、麻緋はピタリと足を止めた。

「麻緋……? どうしたんだよ……」

「……居場所が分かった」

「分かったって……弟の居場所がか……?」

「いや……弟の……悠緋ゆうひを連れ去った奴の居場所だ」

「どうしてそんな事が分かるんだよ……一体、どうやって知ったんだ……? まさかお前また……」

「違う」

 麻緋は開いた手を、じっと見つめる。


「ここに身を置く前に、俺の家には結界を張っておいた。何者かがその結界に干渉したんだよ。無人となった家に干渉してくる奴など、他に誰がいる」

「関係はあるのかもしれないが……本当にそいつが連れ去ったかどうかは……」

「ただ単に侵入されている訳じゃねえ。干渉しているって言っただろ、わざとだ」

「わざとって……だったら、挑発しているって事だろ。そんな挑発に乗る気かよ?」

「挑発ってのは、罠に嵌らせてから、挑発って言えるんだよ」

「お前……それって屁理屈だろ……」

 呆れる顔を見せる僕だが、真剣な麻緋に僕も真顔になる。


「分かった……行こう、麻緋」


 確かに、放っておく事は出来ない。

 罠を仕掛けていると言っているようなものだ。

 全てを奪っておいて、これ以上何を……。

 麻緋の話からして、この間の男とはまた別のようだ。

 先の見えない、とてつもなく大きな闇だが、共に立ち向かう仲間がいる事に、不安も恐怖もなかった。

 そして、麻緋にとっても、僕がそうであるのだろうと思える事に、僕は力の限りを尽くそうと決めたが……。

 暫く進んだところで、僕はある事に気づく。


「……麻緋」

「なんだ? そんな深刻そうな顔して。今更、怖気づいたとか言うなよ?」

「いや……それはない」

「じゃあ、なんだよ?」

 僕は、真剣な顔で麻緋をじっと見つめ、真顔のまま言った。



「呪符……持って来てねえ」

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