第14話 浄闇の舎人
自室に戻った僕は、ベッドに仰向けに寝そべり、天井を仰ぎながら思い返していた。
「追儺と名を変えた……か」
儺人、方相氏、それに従う侲子。
侲子は、子供が務めるが……。
僕をガキと言った麻緋の声が頭の中で響き、苦笑が漏れた。
准えるなら、僕は侲子といったところかよ。
鬼祓いの儀とはいうが、それは様々な
黒の衣を纏い、四方に鬼を追い遣り、祓う。そしてそれは夜に行われる……。
……
「浄闇……それならこの闇も、満更でもないという事か……」
それにしても、フードを被ったあの男……僕たちになんか恨みでもあるのかよ……?
麻緋に対して、随分と執拗に迫っていたようだったが……。
麻緋のあの痣も……。
弟を人質に取られているようなものだ。
それこそ、転換出来る術はないのだろうか。
麻緋の弟を守るにしても、居場所が分からなくては守りようがない。
僕は、起き上がると、自室を出て麻緋の部屋へと向かった。まあ……隣ではあったが。
ドアをノックするが返事はない。
もう寝てるかな……。
そう思ったが、微かにも物音が聞こえ、起きているのだろうと、僕は遠慮なしにドアを開けた。
「起きているなら入るよ、麻緋」
ベッドに
「来るな……」
「麻緋? どうしたんだよ」
「来るなっ……!!」
麻緋が叫ぶと同時に、麻緋の体から影が伸びた。
「なっ……」
影が部屋を覆うように広がったが、それは一瞬で、その影が麻緋の中へと収まっていく。
「麻緋……それ……」
麻緋は、苦しそうに肩で息を切る。
あの影は……麻緋の胸に広がった痣……。
「本当はもう……留めておくのは限界なんじゃないのか……麻緋」
「冗談……言うな……俺はまだ……死ぬ訳にはいかねえ……」
「だけど……」
心配する僕は、麻緋へと近づく。
「留めておくのが限界という訳じゃねえよ」
麻緋は長い息をつくと、ベッドから下りて僕と向かい合った。
「麻緋……」
「そんな顔するな。心配ない」
そう言ってふっと笑みを見せたが、僕には、麻緋のその表情が悲しげに見えた。
「あの収監所……家族がいた場所だって言っただろ」
「ああ……うん」
「両親は既に殺されている。亡骸は戻ってきたからな……。あの収監所が廃墟となっているのも、収監されていた者の始末は全て済んだって事だ」
「……そんな……」
衝撃的な言葉に、僕は言葉に詰まった。
「だが、弟だけは何処でどうしているのか分からない。この痣が消えない限り、生きているのは分かる……だが、呪いを掛けられるよりも、苦しい状況に追い込まれていたとしたら……早く見つけてやらねえとなって……そう考えちまうんだよ」
「それはそうだけど……でも、麻緋の体だって……」
「言っただろ、限界なんかじゃねえんだよ、来。ただ俺は……」
きっと……僕が麻緋と同じ立場であったなら、僕も同じ事を思っただろう。
「もしも……この痣を解放したと同時に追えたなら……居場所が分かるんじゃねえかってな……」
そう言って麻緋は、深い溜息をついた。
……苦しい思いだ。
解放と同時に居場所が分かったとしても、生と死の堺ギリギリだ。
そんな賭けのような事が出来る訳がない。
「だが……無事で……生きていなきゃ……意味がねえんだよ」
そう呟く麻緋は、自分で自分に言い聞かせているようだった。
「麻緋……あの男……幻影だったんだよな?」
「まあな……」
「だけど、あの男の幻影は、現実に影響を与えているだろ? 麻緋のシャツのボタン……外れたままだったし」
「そもそも、初めにいたのは本体だからな。幻影術は本体が対象の近くにいなけりゃ使えねえし、使う意味もない。途中で幻影に切り替えたんだよ。そう簡単に捕まる奴じゃねえが、今夜の任務は奴を捕まえる事じゃなかったからな」
麻緋の言葉に、僕はニヤリと笑みを見せた。
「なんだよ、その得意げな顔」
「僕は、今となっては
「自慢するところかよ」
呆れたような顔を麻緋は見せるが、僕は構わず言葉を続ける。
「幻影って普通、手で掴めないよな?」
僕を見る麻緋の目がピクリと動く。
「お前……掴めていたな」
「霊縛符を持っていたからね」
「霊縛符……また随分と古風だな……」
「なに言ってんだよ、呪符は思い描く理想そのものだぞ。幻影だろうが何だろうが、障りとなるものは一括りで、一気に回避出来るんだからな」
「来……お前……」
真剣な目を向けたのは一瞬で、麻緋は大きな声で笑い出した。
少し前の自分だったら、腹が立っていられなかっただろう。麻緋の事を深く知っている訳ではないが、元の麻緋に戻ったようでホッとしていた。
「なんだよ? 馬鹿にすんなよ、麻緋」
「いや、馬鹿にしてねえよ」
「じゃあ、なんだよ?」
軽く睨みつける僕に、穏やかな笑みを見せて麻緋は言った。
「本当の『切り札』とは、お前の事だな。来」
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