第13話 白羽の矢

 まさか……という思いだった。


「僕は……罪を犯していない」


『禁忌呪術っていうのは、他に求めた力を自身の力とする。だがそれだけでは、禁忌呪術とは言えない。求めたものが何であるか……それは、絶対に不可能なものを可能にする為のもの。つまりは法則を無視し、可能性など微塵もない『無』を『有』に変える、摂理に反するものだ』


 麻緋の言葉に、妙に引っ掛かりを感じていた。


「それが本当なら僕は……」


 言いながら僕は、二人の様子を窺うように見た。


 佐伯 成介……僕を助けたこの男も、麻緋も……僕に何かを気づかせるような様子を見せていた。

 この二人は……本当の事を知っているというのだろうか。

 今夜の任務も、僕が僕についての真実を知る為のものだったとしたら。

 僕を助けたという理由に繋がっているのではないかと、そんな思いが僕の中で膨らんだ。


 僕は、縋るような目を向けていたのかもしれない。

 言葉の間が開いていたが、二人は僕から目を逸らす事はなかった。


「……成介」

 麻緋が言葉を促すように彼を見た。

「……そうですね」

 彼は、そっと目を伏せ、少し考えているようだったが、直ぐに僕へと目線を戻した。


「来……君に訊きたい事があります。それに答えられると言うのなら、お話しましょう」

「聞きたいのは……僕が何の為に術を使ったかって事だろ……」

「はい」

 真剣に向けられる目に、僕の心が動かされる。


「答えるよ。だけどその前に、僕にも知りたい事がある」

「なんでしょうか」

「あんたは式神を持てる程の呪力の持ち主だ。麻緋だってその呪力レベルは相当なものだと分かったよ。なのに何故、身を隠さなくてはならない状況に置かれているんだ? あんたたちなら、こんな闇に染まらなくても、逆に相手を闇に落とす事は可能だったんじゃないか」

 僕の言葉に彼は、少し困ったような顔を見せたが、自分に納得するようにも小さく二度頷くと、こう答えた。


「来……力の強さは、正義に比例しないのですよ」

 そう言って見せる笑みが、儚げに見える。

 そして彼は、ゆっくりとした口調で話を始めた。


「スケープゴートも同じ事です。己の贖罪の為に他のものへと転換される。その転換は身代わりという訳ですが、この転換が人身供儀じんしんくぎとなったならば、その生贄を無作為に選びはしないという事です」

「それって……」

 嫌な予感しかなかった。

「……白羽の矢が立ったって事だろ……?」

「そう思う理由は、僕が君に訊きたい事にあるのでしょう」

 その予感は、彼らもこの闇の中で生きるしかなくなった理由に繋がると、誰もが察していた事だろう。

 だから僕はここにいる。



「……救う為だったんだ。何が引き金となったのかは分からない。突然、火柱が上がり、僕の住んでいた地は一気に火の海と化した。奇跡的にも、その時には死傷者はなかった。だけど、火災が治まり、日が経つにつれ、次々と人が死んでいった。火災の際の黒煙が人体に影響したのか……そう思っても妙な感じがしていた。まるで選別しているように、死者が出ているように思えたんだ。これ以上、死者が出ないようにと、僕は、まだ息ある者を救おうと術を使った……だがそれは、術を掛ける瞬間と、息を引き取った瞬間が重なったんだ。結果的にそれは、蘇生術に繋がってしまった……蘇生術に繋がったと言っても、息を吹き返す事なく、救えなかったけどね……気づいた時には、生き残っていたのは僕一人だったんだよ……だから僕が使った術が命を奪ったんだと……そう思った」

「来……大儺たいなというのは知っていますか?」

「ああ……鬼祓いの儀だろ。この話にそれが関係あるのか?」

「ええ、今の僕たちの現状に」

「どういう事だよ……?」

大儺たいなは、儺人なじん方相氏ほうそうし、それに従う侲子しんしによって行われ、それは鬼を祓う役目です。黒の衣を纏って鬼を祓うのですが……」


 黒の……衣。

 彼が続けた話に、体が震えた。

 それは、恐れもあったが、沸き起こった悔しさの方が大きかったからだ。


 ……全てが転換されている。僕が使った術も禁忌呪術に転換されたのではないか、そう感じたからだ。



大儺たいなは後に追儺ついなと名を変えます。方相氏ほうそうし大儺たいな侲子しんし小儺しょうなと称されており、追儺ついなと名が変わると同時に、『』を持つ者は、鬼を祓う者ではなく、鬼そのものと変わっていったのです」


 僕は顔を伏せ、自分が纏う、黒の上着の襟をギュッと握り締めた。


『この世を白と黒で分けるならば、ここは黒です』


 その意味が分かった事に、自分の置かれた状況がどんなものであるかを納得する事が出来た。


「僕たちのあるべき意味が変わってしまったなら、取り戻す為に、共に闘ってくれませんか、来」

 その言葉に顔を上げる僕は、彼を真っ直ぐに見つめた。


 初めは、自分を否定されているように思える言動が悔しかった。

 だけど……今は違う。

 僕に向けられる彼の穏やかな笑みを、受け入れる事が出来た。

 だから僕は……。


「僕も……僕と共に闘って欲しい……成介……さん」


 彼の名を呼ぶ事が出来たんだ。

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