第12話 スケープゴート
「お帰りなさいませ。麻緋様、来様」
戻った僕たちを迎えたのは、淡いピンク色の着物を着た、穏やかな女性だった。
「……誰?」
僕は麻緋に訊くが、麻緋は、ああ、と答えただけで、先に自室へと戻って行ってしまった。
ここに来て日は浅い。僕たちのような状況下に置かれた者が何人いるのかは、把握しきれていないのが現状だ。だが……ここは人の気配をそう多くは感じられなかった。
「えーと……」
ただいま、と言うのもおかしな気がする僕は、返答に少し戸惑う。
そんな僕を見て、穏やかな笑みを向ける女性は、こう答えた。
「成介様が任務の報告をお待ちです」
成介……様。
色んな事が一気に頭の中で結び付き、思わず僕は彼女を指差した。
「ああーっ……! あんた……あいつの式神っ……なんで急に姿を見せるんだっ? 今まで声しか聞こえなかったぞ」
「来様、それは……」
彼女がふふっと笑みを漏らす中、麻緋の声が間を
「お前は、いちいちうるせえんだよ!
麻緋が僕の手を叩き落とした。
あの男の式神……桜花というのか。
「なんだよっ! お前だって十分うるせえよっ! 大体、部屋に戻ったんじゃなかったのかよっ? わざわざ出て来んなっ!」
「着替えに戻っただけだ」
「あ……そっか。そうだよな……」
僕の目線が麻緋の胸元に向く。
「なんだよ? 来。見たいならいつでも見せてやるが?」
麻緋は、ニヤリと笑みを見せる。
「別に。そんなんじゃねえよ」
「どうでもいいけど、神に向かって指を差すんじゃねえ。穏やかに見えてこいつは、成介の命令とあらば鬼にもなるぞ」
「こいつって……。お前のその言動に問題はねえのかよ……?」
「あ? ねえよ。そもそも俺は……」
僕は、呆れながら溜息をついたが、麻緋はさらりと答える。
「神など信じていない」
桜花を真っ直ぐに見つめて、麻緋はそう言った。
桜花は、静かに笑みを見せ、そっと目を伏せる。そして、目線を麻緋に戻すと穏やかな口調で答えた。
「麻緋様……わたくしは成介様に仕える身……力及ばずとも、わたくしの務めは成介様をお守りする事です」
「分かってるよ。別にお前を責めて言っている訳じゃない。ただ俺は……神に守られる相手が本当に守られるべき存在であるのか……その見極めが出来ない神は神じゃないと言いたいだけだ」
「仰る通りです、麻緋様。わたくしも……」
麻緋へと向けられる桜花の真っ直ぐな目は、奥底に秘められた強力な力を感じさせた。
「守られている事と仕わされている事の違いにお気づきにならない、本当の『生贄』を野放しにする気はありませんので」
……生贄……。
妙に引っ掛かる言い方だ。
「はは。お前は、人よりも人の話がよく分かる」
麻緋が笑う中、佐伯 成介……彼がやって来た。
「皆さん集まって一体、なんの話ですか? 随分と楽しそうですね」
「成介様。麻緋様と来様がお戻りになられましたので、今お呼びにと」
「来の声がよく響いていましたからね。戻った事には気づいていましたが……それで、いかがでしたか?」
彼の目線が、麻緋ではなく、何故か僕へと向く。
「どうって……そもそも任務の内容なんて、結局聞いてねえし……なんか僕……なにもしてない……と思う」
「麻緋……」
彼の目が困ったように麻緋に向いた。
「あ? なんだよ?」
「何も伝えずに向かって、戻って来たというのですか……」
「悪いかよ? お前だって同じようなもんだろ。俺が話さないと分かっていたはずなのに、お前も話さなかったんだからな? そもそも俺に投げんじゃねえよ」
「そうですね……どの道、説明したところで信じるか信じないかは、来次第ですしね……それで、どうでしたか?」
呆れたように溜息をつく彼だが、目は真剣だ。
「お前の予想通りだよ、成介。収監所は廃墟になっていて、機能していない。だが……網が張られていた。妙だろ。あんな廃墟を守る必要が何処にある。廃墟を守っている訳じゃねえ、他の何かを守る為に必要な……」
麻緋の目が、意味ありげに彼を見る。
「スケープゴート……ですか。防衛機制で網を張った……という事ですね。では……」
防衛機制で網って……結界の事か……?
じゃあ、それって……。
本能的衝動のコントロール……。無意識による自己記憶が贖罪の供犠を表す。
それなら罪人収監所というのも、あるべき理由か。
つまりは……。
「……転換」
思わず呟いた僕に、皆の目線が向く。
「もしも……」
僕は、ゆっくりと口を開いた。
「僕もスケープゴートだったなら……」
僕の口から出る言葉は、そうであって欲しいという願望であり、それを明かせるものは、記憶だけの不確かなものだ。
だけど……僕があの場所に向かった事に意味があるというのなら。
麻緋のあの言葉も……。
『お前が全てを失ったんじゃない。お前は全てを失わされたんだ』
「僕は……罪を犯していない」
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