第11話 呪いの印

 罪人の収監所。廃墟となっているのが現実で、そこに麻緋の家族が……いた。

 そう麻緋は言った。

 だけど僕には、それが事実だとは思えなかった。


「そう悲痛そうな顔すんなよ、来」

「……麻緋は、本当に家族が罪を犯したと思っているのか……?」

「……さあな」

 麻緋は溜息混じりにそう呟き、胸元にそっと手を触れた後、シャツをグッと掴んだ。

 その仕草に僕は、違うと否定する思いがあるんだと思った。だけど、それを証明出来るものがないのだろう。

「さあなって……」

 あの痣……。

 気になる僕は、麻緋の胸元の痣へと目線が向いてしまう。

「嘘はやめろよ」

「来……だが、それが事実なんだよ」

「そうじゃない。自分の気持ちに嘘つくなって言ってんだよ、麻緋! 別にって……なんとも思っていない訳ないだろ! そんな事……平気でいられる訳がないだろ!」

「じゃあっ! 事実だったらどうすんだよ! 罪を犯したと、それが事実ならっ……!」

「麻緋……」



「それでも正しい理由があって犯した罪だと、それなら許せる事だとっ……! それは正しい事だったと断言出来るようになるのか!!」



 ……それは……僕は痛い程に分かる思いだった。

 禁忌呪術だって。

 使いたくて使ったんじゃない。それしか方法が浮かばなかった。

 だけど。

 使わなければ良かったと。

 こんなはずではなかったと……悔やむばかりだった。

 そんな現実を消してしまいたい程に。


 僕は、両手をグッと握り締める。

 その悔しさが……分かるから。


「だったら、その痣……!」

 僕は、麻緋に掴み掛かった。

「麻緋の言う通り、僕は能無しだよ。他に方法が見つからなかった。見つけられなかったっ……! だからっ……!」

 シャツを掴む手に力が入ったが、その僕の手は震えていた。


「その痣がなんなのか……知ってる」


 不穏を思わせるように赤黒く、心臓を掴むように広がった痣。

 これは……。

 誰かに害を与える為に放たれた術を、自身が受けたものだ。

 自らを盾に阻止し、自身の中に留めた。

 留めるしかなかったんだ。

 それは、特定の者だけを狙ったものであり、狙われた者が跳ね返す事が出来なければ、消える事はない。

 そして同時に、その痣が消えないという事は、狙われた者も、狙った術者も、まだ生きている事を示している。

 それ程の効力を持った術者は、相当な力の持ち主だ。

 術を断つなら、その術者を倒すしかない。


 それまで……麻緋は自身の中に留めておくという事なのだろう。

 狙われた誰かを守る為に。


「麻緋……」

 込み上げる感情が苦しくて、声を詰まらせた。

「どうして……こんな……自身の中に留めて置く事だって……相当、苦しみを与えてくるはずだ。この術は……狙った相手を殺すまで生き続ける。一度放たれた術の解除は、一つしかないんじゃないのか。お前なら……」

「その術者を殺せると?」

「……麻緋……」

 穏やかな笑みを僕に見せる。

 僕は、自分の言動が間違っていると分かっていながらも、それしか方法が浮かばなかった。

 やはり僕は……能無しだ。

 麻緋は、そんな方法など頭にもないのだろう。


 だけど、このまま麻緋の中に留め続ける事は出来ない。

 病のように体を蝕み、麻緋の体を喰い尽くして再び、狙った者へと向かう。


 なんで……!

 術を放った奴は、許されたようにも何の躊躇いもなく殺そうとしているのに、僕たちは、それを跳ね除ける為であっても、許される事ではないと思わなくてはならないのだろう。



 麻緋は何も答えずに、僕の手をそっと引き離した。

「麻緋……!」

 僕は、再度麻緋を掴もうとするが、麻緋はその手を拒否するようにグッと掴んだ。


「来。一つだけ……言っておく。こんな状況下に身を置いている事に……俺に後悔はない」

 真っ直ぐに僕を見る目に、嘘はなかった。

 僕に告げるその思いは、揺れ動く事などないのだろう。


「……っ……」

 僕は、顔を伏せ、歯を噛み締めた。

 ……僕は……後悔ばかりだ。


 麻緋が僕の手を解放する。

「戻るぞ、来。成介が報告を待っている」

 麻緋は踵を返し、歩き始めたが、僕は立ち止まったまま、後を追わなかった。


「なんでそんなに……平気でいられるんだよ……」

 僕の声に、麻緋は肩越しに振り向いた。

 僕は、顔を上げ、麻緋に言う。


「だったら……! その理由を教えてくれよ! 僕は、自分が置かれた状況に納得している訳じゃない。何の為に、なんて、そんな大義もない。生きろと言うなら、生かされている僕に、その理由を……!僕の理由に置き換えてくれよっ……!!」


 僕の悲痛な叫びに、麻緋が僕へと戻って来る。

「教えてくれよっ! 麻緋……! お前が自分を犠牲にしてまでも、守ろうとしているのは誰なんだよっ……!」


 僕は、誰かの生きる理由を自分に重ねる事で、自分に納得出来るよう、僕の抱えた思いまで、麻緋に背負わせようとしているのか。

 それでも……。

 それが誰かの為と言えるなら。


 ……僕は。


 麻緋は、ふっと静かに笑みを見せると、僕に答えた。



「弟だ」


 喜んで共に行こう。

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