第9話 正邪の紋様

 原因……この男が……僕に関わっていたというのか……?


 フードを深く被った男の顔は、はっきりと捉えられないが、漂うその雰囲気は決して好感を与えるものではなかった。


「藤堂 麻緋……貴方に会うのを楽しみにしていましたよ。格式高い名家の長子が、このような闇の中でしか行動を得られないとは、実に嘆かわしい限りですが」


 格式高い……名家……麻緋が……?

 挑発しているのか、嘲笑を交えて麻緋は言う。

「お前に嘆いて貰う程、迷惑な話はないんだがな? そもそも、人である事を捨てた奴に、人の感情が分かんのかよ? ははっ。皆無だろ」


 ……とても名家の息子とは思えない……。

 僕は、心の中で苦笑する。


 だけど……。

 僕は、男へと視線を向ける。

 この男が麻緋を、僕と同じような状況になるようにしたという事は、二人の会話でなんとなく分かった。


 こいつ……一体、何者なんだ……?


 男をじっと見る僕へと、男の顔が動いた。

 

 ……笑った……?

 見える口元がニヤリと歪んだのは、僕を見たからなのか……?

 なんにしたって……いい気はしない。


「そう仰るのであれば、格式などに拘らなくともいいではないのですか。今やその格式も跡を残すものなどなく、準ずるものも何もないではありませんか」

 男は不遜にも、ふふっと静かに笑みを漏らす。

「……何もない……か。そうだな」

 目を伏せる麻緋は、独り言のようにポツリと呟いた。

 何かを思い返しているのか、弱気になったかのようにも聞こえた麻緋の言葉に、僕は心配になる。


 ……全てを失ったのは、麻緋も同じ……そう思った。


 俯いたままの麻緋の姿を見るのを、男は満足している事だろう。

 フードを外し、顔を見せる男は、やはり笑みを湛えていた。


 麻緋が抱えた闇は、僕よりも深いのではないか……そう思わせる程に、麻緋の姿が暗く沈んで見えた。



「……だ、成介」


 うん……? 麻緋、今、なんて言った……?

 なんとなく聞こえてはいたが、顔を伏せたままで言った小さな呟きに、僕は耳を疑ったが、麻緋の口元には笑みが見えている。

 弱気になっていた訳ではないと、僕がホッとするのと同時に、麻緋は顔を上げた。

 その瞬間に、バリバリと地に亀裂が入り、物凄い速さで男へと向かって行く。亀裂が男の足場を失わせるのかと思ったが、男を挟んで左右に分かれて走った。


 いや……違う。この亀裂は……男を直接狙っている訳じゃない。


 亀裂はそのまま建物へと向かい、建物の崩壊が始まる。

 回避しようと男の手が動いたが、回避出来る間もなく、男目掛けて瓦礫が次々と降り落ちた。



 僕が今、目にしているものは現実なのか、幻影なのか。

 目に映る光景は、一瞬にして破壊を見せた。


 崩壊と共に巻き起こった土埃が霧を作っていたが、それが次第に薄れていくと、男が立っていた場所が瓦礫の山になっているのが目に捉えられた。

 そして、その瓦礫の山も崩れていき、鎖のような赤い光に拘束された男の姿がそこにはあった。



 瓦礫の下敷きにしようとした訳じゃない……瓦礫で男を封じたんだ。

 だけど……一体、いつ……どうやって……。


 呪符を使う事も、呪文を唱える事も……両手はポケットに突っ込んだまま、麻緋はその手さえ動かす事もなかった。


 ……麻緋も式神を……?


 ゆっくりと歩を進め、男へと近づいて行く麻緋。僕は、麻緋がどのようにして術を発したのか知りたくて、後を追った。


 拘束された男を前に麻緋は言う。


「もう一度、言ってみろよ。格式が……なんだって……?」

 起伏のない、一定した口調。低く流れたその声は、静かな怒りを感じさせた。

 麻緋が感情を抑えている。それが、どれ程までの大きな怒りであるかが、分かる程に。


 拘束されたまま、男は大人しくも顔を伏せていたが、ふふっと余裕を見せる笑みを漏らす。

「藤堂さん……貴方……」

 ゆっくりと顔を上げる男の顔は、満足そうに笑っていた。


「封印されたその術を、自らの手で解放しましたね……?」

 封印……解放……? どういう事だ。


「それが……どうした」

 麻緋の口調は一定のまま変わる事なく、冷静にも思えたが、圧迫される程の大きな気が感じ取れた。


 麻緋を中心に強い風が、ブワッと巻き起こる。

「わっ……」

 僕は、風に煽られて後方へと飛ばされ、麻緋から遠く離れてしまった。

 直ぐに立ち上がる僕は、麻緋の元へと戻ろうとするが、風圧に押され、中々進めない。

「麻緋っ……!!」

 僕の声など聞こえていないように、麻緋は僕に目を向ける事もない。

「麻……」

 再度、麻緋を呼ぼうとしたが、麻緋の後ろ姿を見る僕の声が止まった。


 ……なんだ……あれは……。

 麻緋の背中に紋様が浮かんでいる。

 その紋様が次第に大きく広がり、結界のように張り巡らされた。


「格式とは、正邪を分ける為のラインだ。格の違いは」

 麻緋の声が流れると、血のように赤い紋様が、この闇を覆っていく。


「式によって闇夜に染まる」

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