第8話 真実が潜む場所
高く昇った月が、まるでスポットライトのように建物を照らしていた。
この暗い夜の闇の中に飲み込まれる事なく、その色は建物を染めていく。
そこにある全てを、飲み込んでしまうかのように。
まるで……その色こそが、その者の力を示すかのようだ。
「これって……まさか……エネルギー源として、ここを使ったのか……?」
「流石、禁忌呪術を使っただけの事はあるな?」
そう言って麻緋は、ははっと笑った。
「うるさい。何度も言うな」
「 そもそも、禁忌呪術と言われるものは、自分の呪力以外のものを呪力として使う事だ。要するに、術の底上げ……外部からの呪力を術者が利用し、それを自身の力として術を使い、術の成功を絶対的なものにする。足りない呪力を他のもので補おうとするこの呪術は、三流がよく使う手だ」
「……悪かったな。どうせ僕は、三流以下だよ」
「お前……案外、根に持つタイプなんだな。まあ……そういった執念深い奴程、禁忌呪術というものが上手く使える……念は呪いを生むからな」
麻緋のその言葉に、僕は麻緋をゆっくりと振り向いた。
僕の目線に気づく麻緋は、僕を横目に見ながら、言葉を待っているようだった。
だけど僕は、麻緋から目線を逸らし、独り言のように小さく呟いた。
聞こえなくていい。
それでも、聞こえて欲しい、聞いていて欲しい。
それは、僕自身が認めたくなかった事。
認めれば、僕が抱えた絶望は、何の所為にも出来なくなるからだ。
「僕は……上手くなんか……使えていない」
「……だろうな」
理解を示したような麻緋の頷きに、僕は感情を抑える事が出来なかった。
僕が心の奥底に押し込んだ思いを、吐き出していいと言われた気がして、思いが込み上げた。
その思いが僕を叫ばせる。
だって……僕は。
「上手くなんか使えていないっ……! 僕はっ……禁忌呪術を使った事で、全てを失ったんだ……!!」
そう叫んだ途端に、色々な事が頭の中を駆け巡った。
自分の力だけではどうにもならなかった。
他に方法があるのならと、方法を探したのは当然、他のものから力を得る事だった。
その力を自身のものとして使う……それが僕の呪力の増幅に繋がると思っていたからだ。
何もないところから何かを作る。それは力を作る事を意味し、作った者が手に入れられる力となる。
そしてそれは、呪術の成功を決定付けるものになる……はずだった。
だけど……僕は……手に入れる事が出来なかった。
「来……お前、符に呪を掛けなければ術が使えない……そう言ったな」
「……そうだよ。だから僕は、呪符に頼らざるを得ないんだ」
「……成程」
麻緋は、ふうっと息をつくと、言葉を続けた。
「禁忌呪術といえども、それを使う事が出来るのは、術者だけだ。呪力を持たない者は、禁忌呪術など使おうとしても使えやしない。それは……」
僕の呼吸が乱れ始める。
察しているものが感覚的に伝わるが、それが言葉にならない。
僕が、何を頭の中で重ね合わせているのか、麻緋は手に取るように分かっている事だろう。
それでも……いや、だからこそ、麻緋は僕に言うんだ。
「呪符を使わなくても術が使えていた……という事だろ」
僕は、建物を見据え、両手をギュッと握り締めた。
「それでも……僕は、禁忌呪術を使ったんだ」
「何の為にだ?」
「麻緋……」
僕は、言い出せずに口籠る。
「言いたくないなら言わなくていい。それは、お前自身が一番、分かっている事だろうからな、俺が知る必要もない。だがな……来。何度も言うが、禁忌呪術っていうのは、他に求めた力を自身の力とする。だがそれだけでは、禁忌呪術とは言えない。求めたものが何であるか……それは、絶対に不可能なものを可能にする為のもの。つまりは法則を無視し、可能性など微塵もない『無』を『有』に変える、摂理に反するものだ」
法則を……無視……摂理に反する……。
……なんだ……この違和感は。
何かが引っ掛かって、胸を騒つかせる。
心臓の鼓動が速くなる。
「麻緋……」
瞬きさえせずに、僕は麻緋をじっと見つめた。
嫌な胸騒ぎだ。
麻緋を見る僕の表情は、きっと、凍りついたような顔をしていた事だろう。
この胸騒ぎは。
僕を後悔の渦に巻き込む。
麻緋の言葉が、その事をはっきりと伝えた。
「来。お前が全てを失ったんじゃない。お前は全てを失わされたんだ。その原因は」
麻緋が言葉を止める。それは、建物から相手が出て来たからだ。
男は、ゆっくりと僕たちへと歩を進めて来る。
「三流などと……そんな言葉が出るのは、格式を重んじるからでしょう。私は、格式などどうでもいい……」
この男……なんだ……?
圧迫感が呼吸を苦しくさせる。
やはりそれは、他から求めた呪力を自身の中に収めているからだろう。
その力の大きさが、僕に圧を与えてくる。
だけど……この力……僕に跳ね返ってくるようだ。
僕たちの目の前に現れた男をじっと見据えて、麻緋は言葉の続きを僕に言った。
「その原因は……この男が知っている」
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