第3話 相棒

 闇夜にドアのノック音が微かに響く。

 入室の返事は無用と、鍵のないドアは直ぐに開かれる。


「目覚めはいかがですか?」

 ドアが開かれる度にそう訊いてくるが、僕も決まって同じ言葉を返す。

「……最悪だよ」

 ベッドから半身を起こし、気怠そうに彼を見る。

 そんな僕を見るのが楽しいのか、笑みの浮かんだ、穏やかな表情。

 この男……全く真意が分からない。

 表面的にも笑みを見せる事で、その真意を隠しているのは明らかだ。

 一体、何を考えている……?


「それはなにより。では早速今夜、任務に就いて頂きます」

「任務……ね」

 面倒だなと思う僕は、深い溜息をついた。


「無駄に時間を使うな。さっさと着替えろ」


 は……?

 声も口調も、穏やかな彼とは違う。彼の後から部屋に入って来る男が見えたが、顔を確認する前に、男が僕に向かって投げた服で視界が塞がれる。

「なっ……!」

 頭から被さる服を剥ぎ取り、僕は男を視界に捉える。


 うわ……なんか目つきも態度も悪……。まあ……態度に至っては、僕も人の事を言えはしないが。

 それにしたって、初対面でこの態度……って、ああ、僕も同じか。


「ったく……なんで俺が、こんなガキと組まなくちゃならねえんだよ?」

 ガキ……? 見たところ、年上ではあるのだろうが、僕とそう年齢は変わらないのでは?

 愚痴を言いたいのは僕だって同じだ。

「まあ、そう言わずに。君にしか頼めないでしょう?」


「ああ? ふざけんな。俺は一人でも十分に任務をこなしているだろーが。足手纏いはゴメンだね。大体、使いものになんのかよ? 禁忌を犯したって、中途半端な術しか使えねえって事だろ。出来る奴は、禁忌呪術など使おうとしなくても、どうにか出来るすべは持ってんだよ。頭の悪い奴程、禁忌を犯したがる。つまりは能無しのやる事だ」


 このやろーっ……! 言わせておけば、いつまでもベラベラと!

 僕は、ベッドから下り、投げ渡された服を床に叩き付けた。


「表に出ろ」

 僕は、男を睨みつける。

「あ? なに弱者の定番セリフ言ってんだ。そもそも今から出るだろーが。だから、着替えろって言ってんだよ。通じねえのか」

「通じないのはお前の方だろ。なんなんだよ……いきなり喧嘩吹っ掛けられて、黙っている方がおかしいだろ!」

「ああ、そういう事。だったら話は早い。秒でじ伏せてやる。口で言うより簡単な話だ」

 僕が敵うはずなどないといった自信を、ニヤリと口元を歪める笑みで表してくる。


「はっ。お前に僕の何が分かるんだ。侮るなよ」

「へえ? 大した自信だな。じゃあ、今夜の任務、お前が主導でやれ」

「なに言ってんだよ……」

「自信あるんだろ? だったら問題ねえだろーが」

「なんの任務かも聞いていないのに、出来る訳ないだろ!」

「出来るか出来ねえかなんて、訊いてねえんだよ。俺にも、勿論、お前にも、なんの任務かなんて関係ねえ。どんな任務でもやる、それだけだ」

「……っ……!」


『君に理由は必要ないでしょう?』


 この男もまた……僕と同じだという訳か。


 そう思ったら、言葉に詰まった。

 言い返す言葉が無くなった。

 男は、僕が床に叩き付けた服を拾い上げる。


藤堂とうどう 麻緋あさひだ。今夜からお前と組む。相棒なら相棒らしく、足りない部分は補えんだろ。まあ、俺に不足はありはしないから、俺がお前を補ってやるよ、白間 来」


 ……真剣な目だった。

 皮肉にも……揶揄っている訳ではなかった事が、その目を見て分かる。

 僕の体に押し付けるように、渡そうとする服を僕は手に取った。


「さっさと着替えろよ。外で待っている」

 そう言って麻緋は部屋を出て行った。


「来……麻緋は態度も口も悪いですが、君を見捨てて逃げるような男ではありません。彼と行動を共にすれば分かる事でしょう。行って下さい。任務の詳細は、麻緋に伝えてあります」

 僕は、手にした服をギュッと握る。

「……分かった。着替えて……直ぐに行く」

「頼みましたよ」

 そう言って彼も部屋を出て行った。


 上下の白い服。身丈の長い上着は、その身を闇に隠す為なのか黒だった。


『この世を白と黒で分けるならば、ここは黒です。正義を主張する気はありませんが、白が正しいとも限りません。勿論、黒が間違っているとも言いません。そもそも、白が正しくて、黒が間違っていると決められるものではないでしょう』


 彼の言葉を頭に浮かべながら、僕は白を隠す黒を羽織る。


 白と黒……白か黒か。

 僕は……何色に染まればいいのだろう。何色に染まっていくのだろう。

 そしてその色は、僕にとって正しいのか、間違っているのか……。


 きっとその答えは……。


 僕は、麻緋の元へと向かう。

「夜が明ける前に終わらせるんだ。早くしろ、来」

 僕の姿を見つけた麻緋は、僕が追いつく前に歩を進め出した。

 僕は、早く追いつこうと走り出す。


「麻緋……!」

 僕の声に麻緋は足を止めた。

 麻緋は、僕が追いつくのを待って、再び歩を進め出した。



 藤堂 麻緋……彼と共に、歩む事で見つけられる答えであるのだろう。

 そう……思った。

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