第2話 最強術師

 僕を助けたという男は、佐伯 成介といった。

 後に分かった事は、彼が最強とも思える程の術師である事だった。


 彼の話し声に、誰と話をしているのか覗き見れば、相手が見えない。

 建物から勝手に出なければ、自室として与えられた部屋から出るのは自由だった。

 そんな彼の怪しげな様子を何度か見る。

 彼に興味がある訳ではないが、自分が置かれた状況を把握するには、どんな人物なのかは知りたいところだった。


 彼の言葉に返ってくる声は、女性の声だ。

「承知致しました。成介様」

 成介……様……。

 従順な言葉を返す様子から見て、僕は気づく。


 彼は式神を持っている。

 それだけで、どんなに高い能力を持っているのか、歴然としていた。

 神を使役出来るなど、余程の力がなければ出来る事じゃない。

 僕も何度か試みたが、出来なかった。

 神の力を望み、その力を使う事が出来たなら、僕は禁忌を犯しはしなかっただろう。

 僕は……自分の罪を転換しようとしている。

 何かの……誰かの所為にして、楽になりたいというのが本音なのか。

 そう思う事が、悔しくも、悲しかった。


「覗き見は感心しませんね」

「ふん……どうせ、初めから気づいていた事だろ。それに……わざわざ僕に気づかせている。力の差でも見せつけているつもり? そうする事で僕も使役し易くなるって訳か?」

「よく分かりましたね。任務は滞りなく進めて頂きたいので」

 にっこりと笑って言う言葉は、僕の不満を更に煽る。これも彼の策の一つなのだろう。

 僕は、彼を睨みつけ、足早に部屋へと戻り始めるが、何故か彼もついて来る。


「ついて来んなよ」

「話したい事がありますので」

「僕にはないよ」

「それは」

「ああーっ……! 分かってるよ! あんたに理由は必要あっても、僕には必要ないんだろ?」

「そういう事です」

 度々見せる笑みは、余裕の表れなのだろう。


 この縛りは……正直、疲れる。

 『繋がれている』という事が、物理的にではなく、精神的に重くのし掛かるからだ。


 自室に入り、不満をぶつけるように、ベッドにドカッと腰を下ろす。

「それで? 話ってなんだよ? 正直、あんたみたいな能力の高い術師が、僕を必要とする事が妙だけどね」

「相手の能力を、その姿を見ただけで君は分かるのですか?」

「なんで質問を返してくるんだよ……訊いているのは僕の方だ。そもそも、あんたが僕に話があるんだろ」

「ええ。一つ……訊きたい事がありまして」

 彼は、僕の目を覗き込むように見る。

「なんだよ?」

 直視するのも嫌だったが、目を逸らすのも、なんだか負けたような気がして嫌だった。

 敵うとも思ってはいないが、なんだか癪だ。


「自分で自分に呪縛を掛けていませんか?」

「はっ。そんなの、当たり前だろ」

「当たり前? 何故ですか」

「何故? 分かりきっている事だろ。なんだよ、今更。禁忌呪術を使った罪人が、戒めを受けずに自由でいられると思うか?」

「それが自分で付けた枷……ですか」

「だったらなんだよ……」

 彼の指がそっと僕へと向く。

 ぞくっと背筋が凍るような感覚が、恐怖を覚えさせる。

 最強術師……敵う訳がない。

 足掻こうとしたって、抗う術など浮かばない。

 本能的にそう思う自分が、何故か生と死を連想させた。


 ……死ぬのが……怖い……? 今更、僕が?

 自ら命を断とうとしたくせに?


 彼の指から目を逸らす事が出来ない。

 硬直したように、僕の動きは止まっていた。

 ゆっくりと僕へと伸びる指が、僕の額に当てて止まる。


 うっすらと見せる笑みが、更に恐怖を掻き立てた。

 だけど……その恐怖は……。


 彼が僕に言った言葉で、怒りに変わる。


「僕が解きましょうか? 君が作った闇を。そうしたら、君の枷は軽くなりますか?」


「望んでいない! そんな事っ……!!」

 僕は、彼の手を振り払った。

「では、忘れずに……白間はくま らい。君の抱えた闇など、僕にとっては容易い事だと」

「それで僕を繋いだつもりか?」

 ギリッと歯を噛み締め、彼を睨みつける。

「安心しろよ。逃げる気などない。だけど、忠誠を誓うつもりもない。僕を飼い慣らそうとしたって無駄だ」

 そう言った僕に、彼は満足そうな顔を見せた。


「飼い慣らそうとなど、思っていませんよ。だって君は誰の所有物でもない……」


 ……ああそうだった。

 全てが今更だと、追い討ちを掛けてくるのも。

 僕は、この身に刻んでいる、刻まれている。

 僕を襲った絶望は、僕が全てを失う事で代償を支払ったんだ。

 続けられた彼の言葉に、何故か僕は。


「君はもう……この世に存在しない者になっているのですから」


 涙が溢れた。

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