第4話 迷いの森

 共に外に出たはいいが、麻緋は何も話さない。

 暫くの間、無言が続いていた。

 だからといって、特に話す事もないしな……。

 そもそも、なんで僕が話題を提供しなくちゃならない、馬鹿馬鹿しい。


 任務の詳細って……どうなっているんだ? 一体、何処に向かっているのだろう。

「なあ……任務ってどんな任務なんだよ」

 言葉を交わす事もなく、肩を並べて歩き続ける事に気まずさを感じ、そう訊いた。

「……」

「どんな任務でもやるしかないっていうのは分かったけど、何も知らずにはやはり無理だろ」

「……」

「任務の詳細は麻緋に伝えてあるって……教えてくれたっていいだろ。それに行先だって……何処に向かってんだよ?」

「……」

「おい、麻緋、聞いてんのかよ?」

「……」

 麻緋は、真っ直ぐに前を向いたまま、歩を進めるだけで、無言を貫き通す。


 このやろーっ……!

 やっぱり、嫌な奴だ。

 第一印象っていうのは、大抵は当たっている。

 一瞬でも信用してしまいそうだった僕が馬鹿だった。信用した、までは言いたくはない。絶対に。

「麻緋!」

「黙れ」

「なんだよ……」

 低く、静かな声で麻緋は言う。

「お前……気づかねえのか? 気づかねえから喋ってんだろーが、この程度じゃ、お前……死ぬぞ」

「はっ。そんな言葉、脅しにもならないね」

「あ、そう。じゃあ、死んで貰うしかねえな」

「は?」

 なに言ってんの、こいつ……。

 考える間などなく、麻緋は僕を突き飛ばす。

 不意を突かれた事で、バランスを崩した僕は、草叢へと仰向けに倒れ込んだ。

「痛ってえ……なにすんだよ、麻緋っ!」

 半身を起こし、麻緋を目で探す。

 ……いない。

「なんだよ……マジでふざけんな」

 僕は、立ち上がりながら、体についた葉っぱを払い落とす。


 ……うん……?


「っ……!」

 服についた葉っぱを払った時に、目線は足元に向いていた。


 影が……手のように伸びて、僕の足を掴んでいる。

「チッ……!」


 くだらねえ、足止めだな。この程度……。

 僕は、上着の内ポケットから呪符を取り出す。

「消えろ」

 呪符を影へと放った。呪符は炎を揺らめかせ、影を掻き消す明かりを作った。

 影は直ぐに消え、何の支障もない。

「ふん……」

 ったく……麻緋のやろー……見つけたらタダじゃおかねえからな。

 大体、話が違うじゃねえかよ。

 なにが、僕を見捨てて逃げたりしない、だ。

 見捨てる要因、本人が作ってんじゃねえか。


 不満を募らせながら、僕は草叢から元の道へと戻る。


 ……戻った……つもりだった。


「なんだ……?」

 僕は、辺りを見回す。

 繁る木々の葉が、全て目になっている。

 その目が瞬きを繰り返すと、葉っぱが風に揺れてカサカサと鳴る音と同じ音が聞こえた。

 自然物が人間のパーツを融合している……。

 これは……。


 現実世界からの遮断。

 迷いの森に足を踏み込んでしまった……。


「まずい……出口など見つけられる訳が……」

 だけどいつ……この術に嵌ったんだ?


『お前……気づかないのか?』


「クソッ……!」

 だったらそう言えよっ!!

 いや……ダメだ。気づいていない時点で既に術に嵌っている。

 隙をつかれたという事だ。

 そもそもこの術は、視覚をコントロールされる。

 実際には元の場所にいるのに、見える風景はオカルトチックな世界だ。

 つまりは、ただの幻影術。


 それならば……。


 僕は目を閉じた。

 全神経を耳に集中させる。


「ふん……」

 僕は目を閉じたまま、二枚目の呪符を指に挟み、呪符を上へと投げた。

 バリッと音が響くのを聞くと、僕は目を開ける。


「音までは誤魔化せないよな?」


 幻影は消え、僕の前には麻緋がいた。


「はは。方向音痴じゃなくてよかったな?」

「麻緋……お前……まさか……」

 僕は、キッと麻緋を睨む。

 あの幻影術……こいつかよ。


「足手纏いはゴメンだからな。常に助けられているようなら、マジで使いものにならねえ。能無しには能無しなりに、頭を使う事が出来るって事が少しは分かったよ。少しだけど、な?」

「はっ。あんなくだらない幻影術、破れない訳がないだろ」

「だったらもう少し早く破る事だったな? 幻影に嵌っても、現実に立っている位置は変わっていない。現実に自分が今、何処にいるのかに気づけば幻影は破れる。まあ、夢から覚めるようなもんだ。お前が言う、そんなくだらない幻影術……なんで使って来る奴がいると思う?」

「それは……撹乱じゃないのかよ?」

「何の為にだ?」

「麻緋……」


 言いたい事は……分かっている。


『お前……死ぬぞ』


 麻緋は、ふっと笑みを見せると、歩を進め始めた。

 麻緋の少し後ろを僕は歩く。麻緋は、僕を振り向かずに言った。


「これから向かうところはそういうところだ。幻影に嵌らないのが一番だが、もしも嵌ったなら……」

「……分かっている」

「それならいい」

 それ以上、麻緋は何も言わなかった。


 分かっている。

 幻影に嵌り、直ぐに破る事が出来なければ。



 幻影を見ている間に殺される……という事だ。

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