15:九龍城砦の星と黒龍 [残酷描写あり]

※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません


「星宇(シンユー)! お前の大きな友人が来たぞ!」

「ホント?! 今行く!」

 星宇は「満月菜館」の入口へ走る。

 待っていたのは、黒い龍のチャイナ服を着た美男と、数人のいかつい男達だった。周りの大人達が距離を取る中、少年は何の警戒もなく笑顔で近づいた。

「いらっしゃい、黒龍(ヘイロン)! 舎弟の人達も!」

「こんにちは、星宇。またお邪魔するよ」

 美男は優しく星宇を見下ろし、艶やかに微笑む。その様子を、「満月菜館」の店長と従業員達が恐怖で震えながら見守っていた。

「し、星宇ったら、よくあの黒龍相手に笑顔でいられるわね」

「あぁ。さすがは闇医者の息子だよ」

 同様に、黒龍の舎弟達も星宇を見て震え上がっていた。

「あ、あのボウズ、よく黒龍大哥に笑顔で近づけるな」

「俺、絶対ムリ」

「俺も」

「……何か言ったか?」

 黒龍が冷たくにらむ。星宇への対応とはまるで別人だった。

「いえ、何も!」

「さっさと食事済ませちまいやしょう、兄貴!」


 1960年代、九龍城砦。中国系マフィア(黒社会)が香港社会へ深く根を張っていた時代。

 少年、星宇は九龍城砦内にある食堂「満月菜館」でバイトとして働いていた。父親の言いつけで、小遣い稼ぎと社会勉強を兼ねている。

 九龍城砦は治安が悪く、客もガラの悪いのが多い。特に、黒洞会の若き幹部である黒龍は、そのガラの悪い客達すらも恐れさせていた。そんな彼を年上の友人として唯一慕っていたのが、星宇だった。

 星宇の父は闇医者で、ガラの悪い患者が大勢来る。診療所兼自宅に住んでいる星宇も自然とチンピラ慣れし、怪我をした部下の付き添いや「仕事」で来る黒龍とも顔見知りだった。友人として慕いつつも踏み込みすぎない星宇を、黒龍も「賢い子だ」と評価していた。

「今日の鶏肉、ボクがさばいたんだよ。本当は標本にして、持って帰りたかったけど!」

「君は相変わらず面白い子だね。好きだな」

「ボクも、黒龍が大好き!」

 へへへ、と星宇は一切の恥じらいもなく、断言した。


「お疲れ様でしたー」

「おう。気をつけて帰れよ」

 バイトの時間が終わり、星宇は足早に帰宅する。黒龍と舎弟は昼頃に食事を済ませ、店を出て行った。

「診療所に行ったら、黒龍に会えるかな?」

 その予感は、ある意味的中した。

 家に着くと、診療所のドアに血だらけの黒龍がもたれかかっていた。

「黒龍?! どうしたの、その怪我!」

「……大した傷じゃない。ほとんどは返り血さ。それより、君のお父さんは?」

 診療所には「往診中」の札がかかっていた。

 星宇の父は腕がいいと評判で、一度往診に出るとしばらく帰ってこなかった。

「……分からない」

「そうか。なら、別の医者のところへ……」


「ボクが手術する」


 黒龍はポカンと目を丸くした。

「本気か?」

「うん。父さん、いつ帰ってくるか分からないし」

「手術の経験は?」

「ないけど、何度か手伝ったことはある。大丈夫! 手順は頭に入ってるから!」

 不安げな黒龍に肩を貸し、診療所の中へ運ぶ。手伝ったといっても、実際は横で道具を渡していただけだったのだが、少しでも黒龍を安心させたくて嘘をついた。

 黒龍を手術台へ寝かせ、服を脱がせる。中性的な顔立ちとはかけ離れた、均整の取れた体つきが露わになる。それから、見ているだけで痛々しい銃創も。

「ひどい。いったい、何が……」

「……」

「ううん、ボクには関係ないことだよね。すぐに手術始めるから!」

 麻酔をかけ、手術を始める。が、

「うっ」

「痛い? おかしいな、ちゃんと麻酔をかけたはずなのに」

「……そういうの、効きにくい体質なんだ。毒とか薬とか」

「えっ、そうなの?!」

 星宇の手が止まる。

 「気にしなくていい」と黒龍はかすれた声で言った。

「痛みには慣れてる。君は手術のことだけ考えろ。歯が欠けると困るから、タオルだけは噛ませてくれないか?」

「わ、分かった」

 その後も黒龍は苦しそうにうめいていた。

 瞳は涙で潤み、吐息が熱く漏れる。顔は血の気が引き、青ざめている。なんとか痛みに耐えようとタオルを食いしばり、両手は手術台を握っていた。

 その必死な姿に、星宇はなぜかドキドキしていた。

(変だ。黒龍がこんなに苦しんでいるのに、どうしてボクは……)

 数時間後、手術は無事成功した。結局、黒龍は途中で失神し、その隙に手術を終わらせた。

 幸い、父はその日のうちに帰宅した。改めて黒龍を診てもらい、「完璧な処置だ」と褒められたが、「無茶はするな」とも怒られた。


 翌朝、黒龍が診療所のベッドで目を覚ました。星宇は一晩中、黒龍の手を握っていた。

「黒龍!」

 黒龍はぼーっと星宇の顔を見ていたが、

「ありがとう、星宇。君は命の恩人だ」

 ふわっと微笑み、手を握り返した。黒龍の大きく骨ばった手に、星宇はドキッとする。

「本当に成功させるとは。やはり君は面白い子だね。好きだな」

「ぼ、ボクも黒龍が好き……だよ」

 その瞬間、星宇の心に何かが芽生えた。

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