09:かたしろ [残酷描写あり]
細く開けた障子から、青い月光があなたの
「かたしろの姉さま」
寝乱れた黒髪のなかで右耳の前のひと房だけが白い。右の
「坊ちゃん」
あなたが私の背におずおずと腕を回す。
瞬間、過去が鮮明に
●
分家の三男坊、我ながら愚鈍な子供だった。権力争いには無縁も無縁。だからこそ
これは今でもそうだけれど、年に
姉さまに初めて
晩夏の昼時。埃っぽい、暗い廊下の果ての、荒れた庭に面するがらんとした八畳間。十四歳の彼女は
「可愛いお客さん、どうなさったの」
「お屋敷を探検しているんです」
「ここまで遠かったでしょう」
「帰りは送ってもらいましょうね。じきに
人が来るまで、彼女は私の幼稚な質問に辛抱強く答えた。
そうね。長いこと寝てばかり。
悪い病なの。だから人は嫌って寄り付かない。
寂しくはないわ。子供じゃありませんもの。
私はすぐに彼女が恋しくなった。部屋を探して試行錯誤するうち、さすがの私も道順を
見つかれば連れ帰られてしまうから、世話をする者が来ない時間を選んで彼女を
私は皆に疎外された同類として彼女を
彼女は私の
部屋には数冊の草紙が置かれていて、彼女は時折、幻想的な物語を読み聞かせてくれた。恐らく彼女には
彼女は私に「かたしろの姉さま」と呼ばせ、私のことは「坊ちゃん」と呼んだ。
訪いは日のあるうちにと言い含められ、部屋での出来事は二人の秘密になった。
十二歳の秋、本家の令嬢のご婚姻
彼女はいつになく顔色が良く、私たちは縁側で語らったり、砂糖菓子をつまんだりして過ごした。
幸福な日々が終わろうとする頃、彼女は私に、もう二度と来てはいけないと告げた。坊ちゃんは大きくなられたのだからと。
「ならば僕と
彼女は哀しい笑顔で首を横に振った。
その夜私は庭を渡った。明るい月夜だった。
障子を開けると、蒲団に伏せていた彼女が光に気付いて顔を上げた。涙の跡が残る頬を大粒の滴が伝う。彼女に駆け寄り、荒い呼吸を繰り返す背中をさする。
「どこか痛むのですか」
なぜ来たの、とだけ呟いて、彼女は答えなかった。
彼女の苦しみようは夜が更けるにつれ酷くなった。身を折って
正妻には妖術の才があった。ただし人を呪えば自身にも
「私に
手土産にお相手の政敵を
身を
許せない。
やがて夜が明けて、私の腕の中で彼女が力を抜く。血と汗に
「池で身を清めて、着ていた物は
それきり彼女は眠ってしまった。呼吸の落ち着いた胸に頬を寄せてから、私は庭に下りた。
●
ぼんくらを装いつつあなたを助ける方法を編むのには骨が折れた。お陰で情けなくも五年が経ってしまった。
「何をする気なの」
「機をみて
その時あなたは唐突に身を
すぐさま短い、圧縮された
「僕と逃げてください。どうか」
差し出した手に、あなたの指が触れる。
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