06:魔性のショタは気が付いてしまった


 閑静な住宅街に、まるでそこだけが別世界かのようなイングリッシュガーデンがある。


 薔薇のアーチをくぐった先にある小さな家はカフェだ。この外観で夜はバーも営んでいる。

 店内はお客さんが十人も来たら満員になってしまう程度の広さだった。


 この付近ではおしゃれな店など数えるほどしかなく、自宅から徒歩で向かえる気軽さもあって、店はなかなかに繁盛していた。


 特に、女性客に。


「レンレンは今日もかわいいっ」

「僕なんてそんな。お姉さんの方こそ、今日もすっごく素敵です」

「きゃあ! 褒め上手ぅっ!!」


 中学生男子の蓮は、その店で手伝いをしていた。

 愛らしい顔立ちな上、小柄で声変わりもまだしていない蓮は、人懐っこさも相まって女性客から大人気だ。


「レンレン、これ受け取って! 少ないけどお小遣いだよ。さつきちゃんには内緒ね?」


 蓮はパァッと笑顔を浮かべると、嬉しそうにお小遣いを受け取った。


「えへへ、ありがとうございます! お姉さん大好き!」

「いやぁん! その笑顔と言葉だけで一週間がんばれちゃう!」


 こんなやり取りが日に数度。

 店の若きオーナーでもあるさつきが知らないわけがなかった。


 * * *


 カフェタイムが終わり、バーの準備をするために一度店を閉めると、蓮はそれまでの人懐っこい様子から一転、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらもらったお金を数え始めた。


「へっへっへ! 俺って天才。今日も大量~♪」

「そのゲス顔、昼間のお客様たちに見せてあげたいわ……何よ僕って。気持ち悪い」


 その様子を呆れた目で見ていたさつきは、作業しながら今度は泣き言を叫ぶ。


「ああ、どうしよう。十四歳の少年がホストまがいのことをこの店でしてるってばれたら! お店も私も終わりだよぉ!」

「大丈夫だって! 大した金額じゃないし」

「馬鹿っ、お客様から金銭をあんな方法でいただくのが問題なのっ!」


 さつきの心配もなんのその、蓮は鼻歌を口ずさんで意に介さない。

 それが余計にさつきの胃を痛めていた。


 蓮の家庭は複雑だ。父親が事故で亡くなった後、日に日に様子がおかしくなってしまった母親は蓮の育児を放棄した。


 さつきの父が、亡き親友の息子がそんな状態であることを見かねて、せめて食事だけでも面倒をみてくれないかと頼みこんだことで今がある。

 同情する気持ちもあって、さつきは快く引き受けたのだが……蓋を開けてみればこれである。


 逞しいやら胸が痛むやらで、さつきの心情も複雑になろうというもの。

 そういった事情を知るからこそ、さつきも蓮の行動を強く咎めることができないでいた。


「好きとか簡単に言っちゃってさ。恋人ができたら彼女に恨まれちゃうんだからね」

「はっ、何? ヤキモチぃ? しょうがないなー。さつきさんのことも大好きだよ!」

「はいはい、恋も知らないお子様が偉そうに言うんじゃないの」

「あいでっ!」


 ピンと指で蓮の鼻をはじいたさつきは、それだけを言い捨てて再び作業へと戻っていく。

 蓮は鼻を押さえて悔し紛れに口を開いた。


「お子様って。俺はもうすぐ十五だし! ってか、さつきさんの方こそ恋なんて知らないんじゃないのー?」


 実際、蓮は誰かを特別好きになったことなどない。

 だからこそだろうか、蓮はどこか愛や恋を馬鹿にしている部分があった。

 さつきを煽るようなことを言ってしまったのも、そういった部分からだ。


「蓮くん、私はもう二十四よ? 大人なの。最近まで彼氏だっていたんだから! まぁ、別れちゃったけど」

「え」


 蓮は、さつきの言葉をすぐには理解できなかった。


 苦しかった時期に自分の居場所を作ってくれた彼女を、蓮は姉のように思っている。

 そんな身近な人の口から「彼氏」なんて単語を聞かされて戸惑ったのだ。


「え、って何。ごく普通のことでしょ。そんなに私、モテないように見えるかなぁ?」


 ショックだわと言いながら、さつきはキッチン裏の方へと姿を消した。


 しかし、蓮の方こそショックを受けていた。


「さつきさんに、彼氏……」


 蓮はぎゅっと拳を握りしめた。


「俺がいるのに、むかつく。……むかつく?」


 眉間にしわを寄せた蓮は、ふと我に返って首を傾げる。

 むかつく理由など何もないはずなのに、胸の奥がモヤモヤして仕方がなかった。


「なんだよこれ。これじゃあまるで、俺がさつきさんを……」


 そこまで口にして、蓮はピタリと動きをとめた。

 ぶわっと頬が赤く染まり、目の奥が熱くなる。


 泣きたくなどないのに、よくわからない感情で目に涙が浮かんだ。


「は? は? あり得ないんですけどぉ……」


 耐えきれずへなへなと座り込んだ蓮は、しばらくその場を動けそうになかった。

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