第67話 保健室

 保健室のドアをノックすると、すぐに返答があった。真は引き戸を開け、簡単に名乗って入室した。


「失礼しまーす」

「はい、そこにかけてね」


 立ち上がった呼続はいつも似たようなハイネックを着ているが、今日は気温に合わせたのか幾分薄手だった。

 早く衣替えをしたいと五月頭から言い続けている真からすれば、正気の沙汰ではない服装だ。

 前回と同様、入ってすぐの所にパイプ椅子が準備されていた。机には、数枚の紙も置いてある。


「今年度の会議の資料と、簡単なやることリストだから、順番に説明していくね」

「……ありがとうございます。保健委員の相方って誰ですか?」

「小田渕君だよ。君と同じクラスの」

「へー」


 顔が思い出せないが、多分一度も会話したことのない男子だ。次の委員会の前に声をかけておこう。

 真がプリントに目を通していると、呼続がそれに注釈を入れるように詳しく説明してくれた。


「後は体調不良の子を保健室に連れてくる時は伏見さんがするようにしてね」

「小田渕君じゃ駄目なんですか?」

「駄目ではないけど、伏見さんの方が僕に慣れてるだろう?」


(……僕”に”慣れてるってなに?)


 保健室に慣れてるという意味ではない。

 呼続自身の希望でもない。

 真が眉を寄せて無言でアピールすると、呼続は話を変えるかのように無言のまま真に向かって指を伸ばした。


「……何ですか」


 顔を顰めて仰け反ると、呼続は綺麗に笑って見せる。人間によく似せたアンドロイドのような不気味さを感じた。


「目が赤いよ?」

「口で言えばいいでしょう」

「ごめん、ごめん」


 少しも悪く思っていない口調に、流石の真も苛立つ。

 感情の読めない一定の笑顔を乱したくて、真は声を尖らせた。


「先生ちょっと距離感おかしいですよ」

「よく言われる。気になってしまうと、どうもね。……もしかして、泣いた?」

「……泣いてません」

「何かあった?」


 真の否定など、呼続には何も関係ないようだ。

 顎の下で指を組んでにこにこしている麗人に、真はペースを乱されるばかりで悔しくなった。


(覗き見でもしてんのか、この人)


 いつも、行動を見ていたかのように毎回言い当ててくるのが気持ち悪く、真はついに小さく舌打ちした。


「何もないです」

「そう?」


 こちらばかり警戒して、疲れを感じた真は大きく溜め息を吐いた。

 疲れた体をぐたりと机に預けて、呼続を見上げた。


「呼続先生って変ですよね……」

「心外だな」


 本当にそう思っているのかいないのか、相変わらずわからない笑顔だ。機嫌の良い雰囲気さえ感じる。


 真はそんな呼続をじとりと睨み付けながら、順番に呼続のおかしい点を挙げてみる。


「女子生徒にセクハラ紛いな事言うし、パーソナルスペース狂ってるし、オカルト好きでオカルトの話すると人格変わるし。こんな人他に知らないです」


 真が指折り数えながらそう言うと、呼続は片眉を上げて意外そうにする。


 今度は本当に意外そうに見えて、真は益々目の前の人物がよくわからなくなった。


「僕はオカルトへの興味は人一倍強いけど、別に好きじゃないよ」

「はいっ?」

「オカルトは好きじゃない」


 真が顔を上げて聞き返すと、もう一度、ハッキリとした口調で言われた。

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