第66話 東浦の告白

「ゆうり、今日、保健委員の仕事教わって帰るから……先帰ってて」

「……うん、わかった。また月曜日ね」


 ゆうりは一瞬の間の後に一目で愛想笑いとわかる笑みを浮かべると、そのまま教室

を後にした。

 ホームルームが終わったばかりの教室にはまだ大勢の生徒が残っている。


 ゆうりの長い黒髪が背中で揺れているのを見送って、真は緊張で詰めていた息をゆっくりと吐いた。


「……伏見、ちょっといいか」


 隣の席に座っていた東浦が、どこか緊張した表情で声をかけた。唇を引き結んで、まっすぐに真を見詰めている。

 真は一瞬そちらを見たが、気まずさにすぐに視線を逸らす。


「……用事あるんだけど」

「すぐ終わる」


 どうにも退かなそうなその口調に、真は仕方なく荷物を全て持って、東浦と一緒に教室を出た。


 話題が何であるかは流石の真も察している。


(……ゆうりとの事がなくても、返事は決まってる)


 二人は人気のない非常階段まで歩いた。


 道中、一言も話さずにいたせいか、廊下を歩く生徒からちらちらと注目されているのがわかった。

 けれど、東浦も、その後を着いていく真も何を話す訳でもなく歩き続ける。


 目的の非常階段に着くと、前を歩いていた東浦が真を振り返った。


「……昨日、あんな言い方して悪かった。大丈夫か?」

「……うん。別に、大丈夫」

「昨日は勢いみたいになっちゃったから、もう一度言わせて欲しい」


 一度止めて、東浦はまっすぐに真を見た。その余りの真剣な表情に、真は思わず合わせていた目線を外す。


「伏見の事、初めて話した時からずっと好きだ。お前がなんで有松と俺が……って誤解したのかわかんねぇけど、俺が好きなのは伏見だから」

「……なんで、私なの」


 真が小さな声でやっとそれだけ言うと、東浦は少し照れたように一度後頭部を掌で混ぜて、真の顔から視線を逸らした。


 思い出すように斜め上を見て、ゆっくりと言葉にする。


 それは、大切な思い出話をしているような静かな声音だった。


「入学式の時、お前揶揄われてる女子の事、フォローして守ってただろ。俺も周りの奴も何も出来なかったし、入学式なんてみんな様子窺うっつか、ちょっと周り見て何も言えなかった。……俺が『かっけーじゃん』、って言ったら……お前一言、『だろっ?』って笑ってた」


 そんな事、あっただろうか。


 真は入学式の時の事を思い出そうとしたが、その揶揄われていた女子の事さえ思い出せなかった。


 人違いでは、と思わなくもないが、東浦の中でそれは印象深かったようだ。

 目を細めて微笑みながら、続けた。


「最初は単純に『いい奴だなー』って思ってた。でも席も隣で、話す内にドンドン好きになった。明るくて、いつも有松とニコニコ楽しそうにしてて、俺が弄ったり揶揄っても対等に返してくるし」


 真の脳裏に、四月からの東浦とのやりとりが浮かんだ。


 真の中では「やけに絡んでくるクラスメイトの男子」でしかなかった。そういう所が、ゆうりが言っていた「好意に疎い」所なのだろうか。


「気付いてなかったか? 俺、結構アピールしたつもりだったんだけどな」

「……誰にでも馴れ馴れしい奴だと思ってたから」

「そんなん、伏見にだけだよ。言っただろ、チャらくねぇって」


 口端を上げて、照れ臭そうに笑う。


 真はそれを見ても、何も言えなかった。


 東浦と視線を合わせる事も出来ずにいると、仕方なさそうに東浦が笑ったのが分かった。


「……返事、聞かなくてもわかるよ」

「……」

「有松ともなんかあったみたいだし、俺、タイミング悪かったな。困らせて悪い」

「……ううん、ごめん」


 真がやっとの思いでそれだけ言うと、東浦は眉を下げて笑った。この時ばかりは目も赤くなっていた。泣くのを堪えているのだろう。良心が痛んで、真は益々何を言えばいいのかわからなくなった。


(東浦は何も、悪い事をしてない。私が上手く受け取れないだけだ……)


 告白されてから、自分の態度はどうだっただろう。

 今更ながらそう考えて、後悔が押し寄せてきた。好意を拒絶したばかりか、嫌な態度ばかりとった。彼はいつも誠実だったのに。


「東浦だから、駄目とかじゃないの」


 まるで言い訳のようで嫌だった。けれど、正直な気持ちを伝える事が、彼に出来る唯一の事だと思った。

 東浦は「うん」と頷いて、ぎこちなく笑う。真の顔も強張って、自分の声が震えているのがわかった。


「私、ね。……わかんないの……。好きとか、恋愛とか本当に。ごめん。……東浦の事、良い奴だと思ってるよ。……でも、東浦と同じ気持ちじゃない……返せない……だから、……ごめん」

「いいんだ。大丈夫だから。……そんな辛そうな顔すんな」


 東浦が仕方なさそうに笑って、真の肩を優しく二回、軽い力で叩いた。東浦の方がよっぽど辛いだろうに、慰められている。

 真はせめて泣かないように唇を噛み締めて、俯いた。


(……東浦に嫌な態度とったのに)


 けれど、彼は真の身勝手さを許した。

 東浦が、ふっと大きく息を吐いて、明るい声を出した。


「月曜から、またクラスメイトっつか、改めてダチとしてよろしく」

「うん。……東浦、ありがとう」

「おう! いいんだよ、俺は。青春は野球に捧げるわ!」


 明るくそう冗談を言って、ニカッと笑った。真から見たそれは東浦の「いつもの笑顔」だった。

 真もそれを見て、ぎこちない笑みを浮かべる。


 二人とも目を潤ませていた。

 けれど、次に会う時はきっと、今まで通り話せるだろう。


 東浦が部活に向かうのに合わせて、真も保健室へと向かった。


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