第64話 拒絶

(授業中じゃなくて良かった……)


 学校に遅刻していくと、丁度二限が終わったばかりの時間だった。


 視線だけでゆうりの方を見ると、その手前に居る東浦は心配そうに真を見ているが、ゆうりは此方を振り向きもしていない。


 その事実に胸を痛めながらも、ゆうりをじっと見詰めた。


「はよ、伏見。……首、もしかして昨日のか?」

「違うよ、大丈夫だから」


 席に近付くと、東浦が声を潜めながら言って、こちらは心から心配そうに眉を寄せた。


「……ゆうり」


 躊躇いながら小さな声で声をかけると、ゆうりは一瞬の間の後に振り返った。

 その顔は完璧に微笑んでいるけれど、どこかいつもの慕わしげな表情とは違うように感じる。


「おはよ……あの、ゆうり」

「おはよう」


 それだけ言うと、ゆうりはそのまま正面を向いた。

 これ以上話す事はないとでも言いたげに、ゆうりはそれ以上一切真の方を見ない。


 真の目立つ首に巻いた包帯にも、一切言及しなかった。


「は? 何だよ、有松のヤツ」

「……」

「伏見、有松と喧嘩でもしてンの?」


 東浦のどこか苛立ったような言葉は、真の耳を素通りした。真はゆうりから視線を逸らす事も出来ずに、唇をぎゅうと力を入れて閉じる。


 視界が物理的に狭まったような気がした。


 真は無言のまま席に着くと、ノロノロと鞄を開ける。

 東浦も、真の異変に気付いたのか、それ以上は触れなかった。


 そのまま、三人とも会話もせずに三限が始まった。


 けれど、三限が終わり、四限が始まってからも、ゆうりは一度も真の顔を見なかった。


「……ゆうり、お昼どうする?」


 四限が終わり、真が気まずそうに、それでも精一杯笑顔を作って声をかけると、ゆうりはやっと真の顔を見た。

 その表情は先程と同じ、温度のない微笑だ。


「今日は一人で食べるね」

「あ……うん……わかった……」


 ハッキリと断られ、真は最早声を震わせながらそう言うしかなかった。そのまま、ゆうりは席を立って何処かへと行ってしまう。


 東浦は自分の席から、それを顰めっ面で見て、口を尖らす。


「有松、感じ悪くねぇ? 伏見、大丈夫かよ」

「うん……」

「……俺と一緒に食うか? あの、変な意味とかじゃ、なくて」

「いや、……いいや。どっか適当に行って食べる」

「お、おう……」


 東浦の提案に頭を振り、上の空でそう返答して、真は席を立った。

 窓から見える空は気持ち良さそうに晴れていて、それだけが救いだった。


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