第63話 絶対絶命(2)
「!! イヤア!! 誰か、誰か!!」
「ちょっと、マコ、真! 起きなさい!!」
バシン!、と鋭く高い音が鳴って、動かしていた手足を誰かが固めたように止めた。
頬を張られたと気付くまで数秒、美琴が自分の顔を心配そうに見下ろしている事に気付くまで更に数十秒かかった。
「……おか、さ」
震える声が出て、大きく咳き込んだ。
顎がガクガクと震えて、とても声は出せない。顎だけではない。気付けば、美琴に抱きしめられた全身が小刻みに震えている。
「マコ、大丈夫!? どっか痛いの!?」
「いた、く……ない」
「しっかりして!」
美琴が真の顔を軽い力でパチパチと叩いた。叩かれる度に瞼を閉じて、真はゆっくりと時間をかけて目を覚ました。
周囲を見回してみると、いつもの自室だった。
カーテンは中途半端に閉じられ、見える外はまだ薄暗い。
「……いたい」
「は? どこ!? 救急車呼ぶ!?」
「ほっぺ……」
「……あ?」
心配そうに焦っていた美琴の表情が一気に険しくなり、羽交締めにしていた体を解かれた。そのまま、軽い力で頬を引っ張られる。
「ふざけてんのか?」
「ごめんなさい……」
真がぼんやりしたまま返すと、美琴は重い溜め息を吐いた。
「ったく……リビングまで聞こえる声で唸ってたから部屋入ったら、あんた白目剥いてたんだよ。……心臓麻痺とかてんかんとか色々想像しちゃった……大丈夫なの?」
美琴にそう問われ、真は俯く。
ポロリ、と目から一粒涙が溢れた。
一度流れ始めると、それは止まる事もなく胸まで流れ続ける。中途半端に開けた口の中にも、涙が次々流れ込んできた。
「怖い夢見た……」
「ハァ!? あんたこの間もそんな事言って……なに、泣いてんの?」
「う……っうぅ!」
嗚咽が止まらなくなり、真は目の前の美琴を強く抱き締めて顔を埋める。
美琴はもう一度溜め息を吐くと、真の背をゆっくりとしたリズムで叩いた。
真は美琴から香る甘い柔軟剤の香りや化粧品の香りを嗅ぎながら、短い呼吸を繰り返した。
「なーに、どうしたの本当に」
「っえ、おが、ざ……ぇう……」
「何もう小さい子供みたいに……どんな夢見たの」
そのまま、何を言う事も出来ずに真は暫く泣き続けた。
美琴は無言で真を赤子のように揺らしたり、背を撫でたりし、好きなようにさせる。
朝日も完全に登り、揃って我に返った時には、二人とも家を出る時間をとうに過ぎていた。
「はー……あんた凄い顔。学校休む?」
「……遅刻してく。シャワーする」
「そうしな。アタシも着替えて行くから」
「ごめんなさい……」
「いーけど行く前にご飯炊いてって」
「はい……」
瞼が熱を持っていて、鏡を見なくても腫れているだろう事が分かった。
美琴は小さく鼻を鳴らして、着替える為に自室へ行った。
真が洗面所で鏡を見ると、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れて赤くなり、瞼は腫れぼったく、一目で「泣きましたね」とわかる顔をしていた。
無駄な抵抗だと分かりつつも、冷たい水で手を冷やして瞼に当ててみる。
「マコ、お母さん行くからね!」
「はーい……行ってらっしゃい」
「早く仲直りしな!」
「……はい」
お見通しかよ、と口に出さずに思って、溜め息を吐いた。
学校に遅刻の連絡を済まし、シャワーを浴びようと服を脱いだ。ネックレスを洗面台に置く為に側に近寄って、真は初めてそれに気付いた。
「……何、これ」
首に赤く、所々蒼く、巻き付くような痣が出来ていた。
ネックレスが絡んだような、細い痣ではない。
それはまるで。
(首を絞められた痕……)
ゾクリ、と背筋が粟立った。
現実が夢に侵されている事を実感して、真は唇を震わせた。
顔は、先程までと違い血の気が失せて真っ白になっていた。
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