第59話 知りたい気持ち

 一番やりたくない事で、出来れば見ないフリをしてもう眠ってしまいたい。


 ベッドに放り投げていたスマートフォンを持って画面をつけると、ゲームのアプリやニュースの通知がきている。

 暗い部屋で無言のまま、連絡先を開いた。


 目的のページを開いたのに急に指が動かなくなり、そのまま無意味にスクロールを繰り返す。


 暫しの躊躇いの後、発信をタップした。


『……もしもし』

「ごめん、今電話大丈夫だった……?」

『大丈夫だよ。……真、何かあった……?』


 電話の向こうで、いつも通りの穏やかな声が聴こえた。真の声は緊張に聞いて直ぐに分かる程震えている。


 ゆうりのその言葉に、真はゆっくりと細く息を吸った。


「あのね、今日ね……学校の帰りに、変質者に遭ったの」

『えっ? どういう事? 真、大丈夫なの?』


 途端に慌てたように早口で問われ、真は小さく「大丈夫」と返す。そのまま、用意していた次の言葉を小さな声で続ける。


「裸でレインコート着てる変態に腕掴まれそうになったんだけど、東浦がたまたま通って、助けてもらったの」

『…………。東浦くんが来てくれたの? よかった……』


 思案するような僅かな沈黙の後、ゆうりが安堵を滲ませた声で言った。

 その声を聞いて、胸が締め付けられるように痛むのがわかった。


『怪我はしなかった? 大丈夫?』

「うん、大丈夫。ありがとう……」

『怖かったね……今はお家にいるの?』

「うん、もう家だよ。……それでね、あの……」


 ゆうりの声は慈愛に満ちて優しく、どういう言葉で伝えるべきか、暫し真は逡巡した。


 ゆうりは続きを促すような無言で、真の次の言葉を待っている。頭に単語ばかり浮かんで、どれも適切ではない気がする。


 大きく息を吸って、真は喉を震わせた。


「東浦に、……告白された。……好きだって……」

『…………』

「……私、ゆうりと東浦が両思いなんだと思ってて、だから……ゆうりに、聞かなきゃって、思って」


 嫌な沈黙が落ちた。

 ベッドの前のフローリングに座り込んで、真は震える声で問う。


「……ゆうりは、東浦が、好き?」

『……』


 ゆうりは少しの間、何も言わなかった。


 真は自分の抱えた膝に爪で痕を付けながら、ゆうりの返答を待った。

 欠片も次の言葉が想像出来ない真の耳に、窓を打ち付ける強い雨の音だけが聞こえる。


『……す……の?』

「え……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る