第58話 最悪の日(2)

「……ただいまぁ」


 自宅に着いた真が玄関のドアを開けると、リビングから美琴が顔を覗かせた。

 びしょ濡れの真を見て盛大に顔を顰める。


「おかえ、げっ……びしょ濡れじゃん! あんた傘持ってなかったの?」

「持ってた」

「じゃあ何でさしてないんだよ」


 そう言われて、真はふと自分の手元を見た。

 傘はあの細道に忘れてきたようで、びしょ濡れの通学鞄とスマホしか持っていなかった。


 無表情のまま、素直に口を開く。


「……忘れた」

「何だそれ」


 呆れたようにそう言われて、真は溜め息を吐いた。

 本当の事だから、仕方ない。


「さっさと風呂入りな。風邪引くよ」

「うん……」


 沈んだ声で返事をした真の顔をもう一度見て、美琴は何か言いたげだったが、真は敢えてそれを無視した。

 そのまま浴室に直行し、雨で濡れて重くなった制服を脱ぐ。


 鎖骨の下で、貰ったばかりのネックレスが揺れているのを見て、憂鬱な気持ちになる。

 百合の花のモチーフを一度握り込んでから外し、丁寧に洗面所に置いた。


(警察、呼ばないで帰ってきちゃったけど良かったのかな……)


 シャワーを浴びながら考えたけれど、あれ以上あの場にいる事は難しかっただろう。

 無意識に冷えて強張っていた体は、熱い湯をかけても温まる気配はない。


(……疲れた)


 重い頭痛がして、目を閉じると鋭くなる。


 タオルで髪の毛の水分を拭う事も疎かに、無言で自室へと戻った。


 濡れた鞄から教科書類を出して冷凍庫に入れたり、髪の毛を乾かしたり、やらなくてはいけない事は無限に出てくるのに、その一つも出来そうに無い。


 それでも、一つだけどうしてもやらなければいけない事がある事を、真は解っていた。

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