第57話 最悪の日
耳元でワンワンと大きな音が反響して、心臓が嫌な音を立てて鳴っているのが分かる。
続きを聴きたくなくて、その場から逃げ出してしまいたい衝動を、真はぐっと呑み込んだ。
「お前が好きだ」
「………………」
「入学式で初めて話した時から、ずっと好きだ。付き合って欲しい」
静かな、けれどハッキリとした声で東浦が言った。
真は出来る事ならば耳を塞いで蹲りたかった。
(……帰ればよかった)
やっぱり、先程衝動に任せて逃げてしまえば良かったのだ。こんな言葉を聞くくらいならば。
視界が揺れている。真っ白な顔で下を向いて、何度も思った。
(最悪だ……もう二度と、嫌なのに……)
それは真が無意識に考えないようにしていた、最悪の告白だった。
東浦は暫く真の反応を窺う様に沈黙していたが、何の返答もない事に気付くと眉を顰めた。
ゆっくりと、真の顔色を窺う為に背中を丸めていく。
「伏見……?」
「……帰る」
「えっ?」
「もう、帰る」
吐息のような声だった。
真の返答を聞く為に耳をそばだてていた東浦だから聞こえただけであって、そうでなければ誰も聞き取れなかっただろう。
真は焦る東浦に背を向けて、無言で大通りに向かって歩き始めた。
後ろから彼が何か言おうとして、躊躇っているような、視線を感じた。
真はタイミング良く到着したバスに乗ると、先程まで自分が立っていた細道を見下ろした
東浦は同じ場所で、茫然と立ち尽くしていた。
その姿をこれ以上見ていたくなくて、真はすぐに視線を逸らした。
バスは一瞬の間の後にドアを閉じて、ゆっくりと発車する。
毎日聞いているバスの自動音声の声を聞き流して、いつもの帰り道を見るでもなく眺める。
ゆうりの顔が浮かんでは消える。
それは一瞬で東浦になったり、小学生のクラスメイトの覚えてもいない顔になったりした。
(最悪な日だ……)
最後の躊躇いの滲む声を思い出して、東浦に悪い事をしてしまった、と、ほんの少し、爪の欠片程少しだけ思った。
けれど、真はその気持ちを捨てる事は出来なかった。
(……肉まん、買えなかったな)
目を閉じるとフラッシュバックのように東浦とゆうりの顔が浮かんで、真はバスの中で立ちながら、ずっと俯いていた。
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