第55話 レインコートの男

(何でだろう……何故か『騙された』みたいな気持ちだ……)


 帰り道の真の頭の中はその考えで一杯になっていた。


 情報を目一杯詰め込んだ日の就寝前のような、疲れの混じった浮遊感が真を襲っている。


 人気のない昇降口を出ようとすると、先程まで曇っていた空からは雨粒が降り注いでいる事に気付いた。

 置き傘もない真はうんざりし、その場で空を濡れた地面を見下ろした。


(雨……肉まん諦めようかな)


 母も雨で濡れた肉まんは食べたくないだろう。


 そう思った瞬間、真は思い出した。重たい鞄を開けると、中には思った通り折り畳み傘が入っている。


 前回雨が降りそうだった日から、入れっぱなしの傘だ。因みに、その日は降りそうで降らなかった事を思えば、この傘は今日の為の布石である。


(面倒臭がりも、たまには役に立つもんだね)


 真は一人でそう納得して傘を広げた。


 しかし傘があるなら、雨だからと言い訳はできない。


 真から学校から程近いコンビニへと歩き始めた。雨はギリギリ傘が必要な程の小雨で、直ぐにでも止むのではないかと思われた。


 母からは『シックスファイブの』と指定が入っていた。

 家の近くにシックスファイブがない為、学校帰りに買ってきて欲しいのだろう。肉まんは多少は冷めるだろうけれど。


(今日もなんか色々あったなぁ……)


 今日一日を反芻してみる。中々に濃い一日だった。


 明日は金曜日だ。


 呼続が保健委員の仕事を教える為、保健室に来るように言っていた日である。どうせ今日会ったのだから、先程教えて貰えば良かった。


(明日もあの人に会うのか……正直、やだな)


 どう見てもあの場にあれ以上留まるのは危険だった。


 けれど、真があそこで口を滑らさなければ、呼続の印象は良いままだっただろう。

 オカルトの話題さえ出さなければ、ただの優しい先生だ。親しくなるのは避けたいけれど。


 バス停を越して直ぐの角を曲がると、細い道の目の前からレインコートを着た人物が歩いてきた。


 かなり雨に打たれたのか、濃紺のレインコートはバケツの水を被ったように濡れている。同じ色のフードを目深に被っており、視界も悪そうだ。


(……こっち見てる?)


 背格好からして、その人物は男性のようだった。


 厚みがある体に濡れたレインコートが張り付いていて、見ているだけで不快になる。真は歩きながら、男の横を通り過ぎようと傘を斜めに傾けた。


「ねえ、高校生?」


(う……話しかけてきた……)


 突然話しかけてきた男のフードの下から肉厚の唇が見えた。

 その唇は下卑た笑いを浮かべ、整えられていない髭が不潔さを増している。


 真は咄嗟に男から目線を逸らし、斜めにした傘を持つ手に力を込めた。


「ねえ、お小遣いいる?」

「ちょっ」


 男が真の傘を押し除けるようにビニールの端を掴んだ。

 真は咄嗟に抵抗し、勢いのまま振り回そうと傘を押し込む。


「ッ気持ち悪い! さわんないで!」

「!? んだとテメェ! 何だおい、このッ……こっち来い!!」

「!!」


 突然の怒声に、真の体がビクリと一瞬強張った。

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