第52話 呪い?(2)

 呼続は一度立ち上がると、自分のデスクの方へ数歩進んだ。そっと視線を向けたデスクは整えられており、几帳面そうな印象を受ける。そこからひょいひょいと何かを手に持つと、呼続は戻ってきて真に持ってきたものを差し出した。


「ここに、お祖父様のご自宅の間取りを描ける?」


 一枚の白紙の紙とペンを渡されて、真は目をパチパチと瞬かせた。


(……どうやって?)


 間取りなど、人生で一度も描いた事がない。

 たまに見る不動産屋の張り紙などの間取りと、祖父の家を思い出しながらペンを走らせてみる。


「……こんな感じで大丈夫ですか?」


 多少歪な事は認めるが、初めてにしては、上手く描けた方だと思う。定規の類は渡されなかったのだから、呼続もそれ程緻密なものを要求している訳ではないのだろう。


 特徴的な桃の木、縁側、庭、『女』がどこから来て、どのように入ってくるかを矢印で示し、土間や電話などの玄関を念入りに描きこむ。それに、居間や風呂、祖父母の部屋を足していく形になった。


 呼続は何度も書き直した線が歪に走るその図をじっくりと見て、うん、と一つ頷いた。


「わかりやすいね。ありがとう」

「いえ……それ見て何か、わかりますか?」

「いや、特には。……僕は霊が祓えたり、第六感が働く訳ではないんだ。所謂、霊感というものはない。あくまで興味関心が強いだけの一般人で、どれも知識としてしか知らない。……根掘り葉掘り聞いた後で、期待させていたら申し訳ないのだけど」

「そう、ですか……」


 呼続がそう言うと、真の声に落胆が僅かに滲んだ。なんとなく、呼続に話せば解決すると思っていた自分に気付いた。


 けれど、真は気を取り直すように頭を軽く振って、精一杯の笑みを浮かべる。


「……いえ、何かわかれば嬉しいですけど、私自身何が起こっているのかわからないので。話を聞いて貰えるだけでも有難いです」

「そう言ってくれると、こちらも助かるよ。直接的に力になれなくて……ごめんね」


 呼続が眉を下げて苦笑し、改めて手に持った間取りを見下ろす。そのまま、邪魔だったのだろう、泣き黒子のある目にかかった、落ちてきた髪の毛を細い指で耳にかけた。


 一々、芸術作品のような男だと思う。『絵になる』とはこういう人を指すのだろうなと、場違いにも感心しそうになって、真も慌てて間取りをように目線を下げた。


「……僕が気になったのは、昨日の夢だ。自棄になった、何もかも嫌になった。その直後、女が鍵を開けて入ってきた、と」

「そうです。もうやだ、もう無理なんだって思って諦めそうになったら、突然玄関の鍵が回り始めて……」


 昨日の夢を思い出して顔を顰める真を見て、呼続は神妙な顔で頷いた。


「夢にはよくある事だけど、意志の強さが反映されている。……ほら、よく夢の中で『こうなるかも』って思った事が起こったり、『夢の続きが見たい』って思って二度寝したら見られるとか、そういう事」

「わかります。……でも、いつもだったら『これは夢だ!』『起きろ起きろ!』って思ったら起きられますけど、この夢は無理でしたよ?」

「干渉されている状態だからかもしれないね」


 干渉。


 口の中で転がした言葉に、あの女が真の胸を割り入ってくるのを連想して、真はぞっと総毛立った。


「夢は脳の記憶と情報の整理の為に見るのだと言われているけれど、それだけでは説明できない、神秘的な事が時折起こる。人間は無意識にそれを操作する術を持っていると、僕は思う。……だからこそ、君が全てを諦めた途端、隙間ができた」


 その隙間から、『あれ』が入ってきた。


 ならば、今日は絶対に諦めなければ、『来るな』と念じ続ければいいのだろうか。あの恐怖を味わって、夢から逃げられもせずに、心の支えもなくそんな事を思えるだろうか。


(無理だ。だって……怖い……)


 真はその思考を即座に否定した。一度植え付けられた恐怖は簡単に消えそうにない。

 昨日の夢を思い出しただけで、顔から血の気が引く感覚がする。


「縁側が何故安全なのかわかればベストかな。……やっぱり、僕は僧侶の人脈を一人くらいは作っておくべきだったかもしれない」


 そう言って、呼続はまた考え込むように唇に指を当てて暫し沈黙した。最後の一言は恐らく独り言か、あるいはジョークだったのだろう。そうでなかったとしても、言葉に反して声は冗談だとは思えない程一定だった。


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