第50話 浮かない顔(2)


「……なんでみんな、恋とかするんですかね」


 ポツリ、と呟くような吐露に、特に考えた様子もなく呼続が答える。


「伏見さんはしてないの?」

「私は……そういうのよくわからないから。……最近ツイてない感じです。親友とは気不味いし、夢見も悪いし……」


 言うつもりのなかった愚痴まで飛び出た。そこまで言って、真は我に返ってハッと口を噤んだ。


(……喋り過ぎた)


 恐る恐る呼続の顔を見上げる。あんなに呼続に夢の話はしないでおこうと思っていたのに。


 それに、と真は脳内で続ける。


(なんだか、ネガティブな気持ちが外に出過ぎてる気がする)


 胸が騒めいたのは、自分があまりに情けなかったからだ。あまり良くない傾向だと感じて、眉間に皺を寄せる。


 その様は図らずしも「今、正に悩んでいます」とでも言いたげな表情だった。


 呼続はその様子を見逃さず、唇に指を当てて空中に視線をやった。そして、そのままの仕草で真を見下ろした。


「それなんだけど、どんな夢を見てるの? 明日聞こうと思っていたけど、ここで会ったのも何かの縁だ。保健室で詳しく聞かせてよ」

「え? いえ、遠慮し」

「遠慮なく。さあ、おいで。……運が良ければお友達と一緒に帰る事が出来るよ」


 後半はまるで連続殺人鬼が被害者に言うような猫なで声で、余りの不気味さに真はぞわりと肌を粟立たせた。


 その場から逃げ出そうかとそっと周囲を見回したが、いつの間にか昇降口に立っている生徒達は殆ど全員が足を止めて真と呼続を見ている。


 真はそれに気付いて内心ひやりとした。


 呼続と仲良く談笑していると勘違いされて、リンチにあうのは御免だ。ここで「行く」「行かない」の応酬をするのは余りに愚策だ。


 結局、長い沈黙の末、真は不承不承ながら保健室に着いて行く事になった。


「お茶も出せなくてごめんね。じゃあ、早速だけど話してみて」


 呼続は真にパイプ椅子を薦めると、殆ど間を開けずに本題から切り出した。自身も正面の椅子に腰掛けると、僅かに椅子を斜めにずらして体の向きを変えた。


 真は話し始めるタイミングを伺って、きょろきょろと視線だけで周囲を見回した。


 保健室のベッドは全て空で、曇り空のせいで薄暗い室内を蛍光灯だけが白白と照らしている。

 夕日も差さない保健室は清潔さよりも不気味さが際立って、どこか異世界めいていた。


 きょろきょろと視線を彷徨わせる姿は小動物のようだ。暫くそうして、真は諦めて腹を括った。


(……夢の話を他人にするのは、二回目)


 きっと前回よりも流暢に話せるだろう。そう思いながら、真は口を開いた。



「夢の中で、私は祖父の家の縁側に立ってるんですけど……」


 真が静かに話し始めると、呼続は膝の上で緩く指を組んで、リラックスした様子でその話に耳を傾けた。


 時折軽く頷いたり「続けて」と続きを促したり。相槌のタイミングが絶妙で、彼に話をするのは何故か心地いい。馬鹿にされるかも、と思っていたのは完全に杞憂だった。


 呼続は話の内容さえ耳にしなければ、まるで深刻な人生相談に乗っているような、真剣な表情を浮かべている。


(夢の話なのに……)


 真にとっては危機的状態でも、他人から見ればただの夢でしかない。大人に話せばきっと一笑に付されて終わる。彼のように真剣に聞く者はいないだろう。


 それが呼続の人柄故なのか、養護教諭という職業故なのか、真には判断がつかなかった。


 真は記憶を引っ張り出す為に時折天井を見上げ、所々詰まりつつも話し続けた。


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