第49話 浮かない顔
「真、私当番行ってくるね。また明日」
「あ、うん。また明日ね」
ホームルームが終わると、ゆうりはそう言って背を向けた。いつもよりどこか足早になって教室を後にするゆうりの背をぼんやりと見送る。
(ゆうり、もしかして誤解してるかなぁ。確かに誤解されてもおかしくない場面だったし……どうしよう)
昼食前、東浦と話しているのを見られてから会話が少なく、態度もぎこちないような気がする。
ゆうりが東浦の事を好きだと言うなら、恐らく真と東浦の仲を勘違いしているのだろう。
(有り得ないのに……)
なるべく早く話したいが、ゆうりからはそれ自体を拒否する空気を感じる。
ピリピリと電気を纏っているように、隙がないのだ。話題に触れようとすると、明らかに話題を変えられてしまう。
真は溜め息を吐くと、通学バッグを持って教室を出た。
一人で帰るのは久しぶりだ。
それなのに、こんなに重苦しい気持ちでいなければいけないのは苦痛だった。話して気分を変える事もできないのだから。
階段を無言で降りる途中、何度も他の生徒とすれ違う。
真は運動部に所属していない。詳しくはないが、目井澤高校は運動部の活動が盛んだ。
スポーツ特待生の枠もあり、一年の中でも何人かその枠で入学した生徒を知っている。
公立で偏差値も飛び抜けて高くはないが、真も受検の際、勉強漬けになったのは記憶に新しい。
野球部の東浦曰く、何週に一日部活が休みの日があるというのは聞いていた。休む事もスポーツマンにとって大事らしいが、どの部活が何曜日が休みなのかまでは知らない。
ただ、昇降口にはいつもより人が多く見えた。
もしかしたら、何処かの部活は休みの日なのかも知れない。頭の片隅でそんな事を考えていると、見知った人物が真を見て驚いた顔をしたのがわかった。
「あれ、伏見さん」
正面から声をかけてきたのは、またもや保健室から教員室への移動と被った様子の呼続だった。
腕にタブレット端末を抱えて、愛想の良い笑顔を浮かべる。
しかし、真が一人で歩いているのに気付くと、また意外そうに辺りを見回した。冷たい芸術品のような顔立ちの割に、案外表情の豊かな男だ。
「こんにちは。一人で帰るの? 今日はお友達は?」
「……こんにちは。友達は委員会があるからって、先に帰るように言われたんです」
「ああ、なるほど。……浮かない顔だね?」
目の前まできた呼続は納得したように頷いたが、そのまま軽く背を屈めて顔を覗き込まれた。
僅かに俯いていた真は彼の突飛な行動に驚き、逃げる為に一歩下がる。
相変わらず距離感の近い男だ。
(浮かない顔……)
しているだろうか。
思わず自分の頬の辺りを右手で触ってみる。いつも通りの顔をしているつもりだったが、出会って間もない筈の呼続でも何か察するものがあるようだった。
そのまま、どちらも何も話さない。居心地の悪さを感じた。
他の生徒達の賑やかな声が聞こえる中、ほんの僅かな沈黙に耐えきれず、先に口を開いたのは結局真だった。
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