第48話 彼氏なら(2)


「……はぁ?」


 真は明確に拒否をしたつもりだったが、不思議と東浦は食い下がってきた。真は不快な気分を隠さずに短く言って、眉を寄せた。


 目が合った東浦は真面目な顔のままだ。

 真は思わずたじろいで、その雰囲気に無意識に距離をはかる。真の様子に気付いているのか、東浦はそのまま再度確認するように口を開いた。


「なあ。彼氏になったら伏見の事、マコって呼んでいいのか?」

「なに……バカな事言うなっての。あんたにはゆうりが……」


 焦りと驚きで口走ってしまい、真は慌てて口元を押さえて続きの言葉を飲み込んだ。


 これは未だ本人に確認もとっていない事だ。


 ゆうりの気持ち次第で手助けをしたいとは思っていたが、勝手な行いはゆうりの為にならない。むしろ迷惑になる可能性もある。

 真にとっては恋愛というものは全てドラマや漫画での空想の世界のものだが、大体恋愛関係の話は拗れると、真の拙い知識でもわかる。


 自分のせいでゆうりの恋が悲恋に変わってしまってはいけない。


 真は咄嗟に視線を逸らしたが、東浦は引かなかった。


「有松? 何で有松が出てくんだよ」

「いや……別に」

「……てか、何か誤解してねぇ? 俺、さ」


 東浦がいつもより早口で何かを口走ろうとした時。


「――真」


 温度のない声だった。


 無意識に緊張していた二人がハッと声のした方を見ると、真の席から直線上の、教室の入り口にゆうりが立っていた。


 いつも笑みを浮かべている整ったその顔には、今も静かな微笑が浮かんでいる。


「ゆうり……今……ごめん、ゆうり、あの」


(聞かれた……っ?)


 自分の失態を見られたかと、真はさっと蒼褪めた。すぐに謝ろうとした真に、ゆうりは何でもない顔で微笑みかけた。


「真、ご飯食べよ。購買凄く混んでるから、やっぱり食堂にしようかと思って戻ってきたの。……どうしたの?」

「あ……。……な、何でもない。ごめん、今行く」

「あ、待って、伏見……」


 慌ててゆうりの席から離れると、東浦が焦ったように真を呼んだ。真は敢えてそれを無視した。


「東浦くん、友達が呼んでるよ」

「……え、……おう」


 東浦は未だ何か言いたげだったが、ゆうりが教室の前方の扉を指さすと困ったように眉を下げて頷いた。

 数人の男子生徒が東浦を待っているようだった。今の彼らの興味はどちらかと言えばゆうりに向いている事が、視線を向けただけの真にもわかった。


 東浦は視線で真に何か訴えた。真は背中に刺さる視線に気付かないフリをして、ゆうりの傍らに立つ。


「真、行こ」

「うん……行こ、ゆうり」


 先を行くゆうりに促され、真も後を追った。


 廊下を歩いている間、気不味い沈黙が落ちた。


 真は何を言おうかと暫し考えたが、適した話題が浮かばず、素直に疑問を口にする事にした。謝罪をしなければいけない、と、そればかりが頭を過ぎる。


「ね、ねえゆうり、さっきの話さ」

「真」

「……なに?」


 珍しく口を挟まれ、真はギクリと身を竦ませた。


「真は、東浦くんの事、好きじゃないんだよね?」


 前を行くゆうりの表情は見えない。けれど、それはどこか硬い印象を受ける声音だった。

 その問いへの答えはハッキリと自分の中で決まっている。だからだろうか、返答はすんなりと真の口から溢れた。


「うん、好きじゃない」

「なら良いの」


 対したゆうりはやはり、いつもと比べて何処か冷たい声音だった。それが恐ろしく、どこか悲しく、真は肩を落としてしまう。


 そのまま、二人で無言で学食まで歩いていく。空気が重い気がする。


 学食に着いて振り返った時、ゆうりは既にいつものゆうりだった。声も顔も、真の知るいつもの優しいゆうりだ。

 穏やかな微笑は何も変わらない。けれど、真は落ち着かない気持ちになった。空気を壊さないように合わせながら、昼食を摂る。


(ゆうりは東浦が好きなの……?)


 浮かんだ疑問は、昼食が終わっても聞けないままだった。


 そんな事は初めてだった。


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