第46話 保健委員の裏取引
「真、さっきの呼び出しは何だったの?」
授業が終わると、ゆうりが静かに真の方へ近づいてきてそう言った。
本当は授業前に聞きたかっただろう。けれど、直ぐに授業が始まったので聞けなかったのだ。
大きな目を不思議そうに瞬いて、まだ席に着いたままの真を見下ろしていた。
真は自分の教科書やノートを簡単に纏めて抱えると、先程の呼続の要件を思い浮かべる。
「んー、委員会に入って欲しいって」
「え、何で? 栄先生に? 化学に関する委員って何かあった?」
「いや、栄先生じゃなくて……うーん……よくわかんないけど、とりあえず保健委員になった」
真が説明を省いて結論だけ伝えると、ゆうりはよくわからないという顔をして軽く眉を寄せた。
真も何処までを人に話していいか分からないので、説明したくとも中途半端になってしまう。
ゆうりは少し待って真がそれ以上話す気配がないと察すると、軽く息を吐いた。
「そうなんだ。でもよりによって、保健委員なの……」
「どういう事?」
あまり喜ばしそうにないゆうりの言葉に、真はきょとりとして尋ねた。
「一年はそんな事ないけど、二年三年の先輩方になると保健委員って戦争みたいになるらしいの。実際はただのじゃんけんなんだけど、……所謂、裏取引みたいなものもあったりして、毎年凄いみたい。一回それで校内が荒れて……」
そこまで聞いて、真はうんざりした。
裏取引だなんて、不穏過ぎる。とてもただの一公立高校で聞くような単語ではない。
狙っているのはただの保健委員の枠で、チャンスは前期・後期の二回だ。バカバカしいにも程がある。
「……真、大丈夫なの?」
「うげえ……」
ゆうりの心配そうな顔を前に、真は思わず汚い声を上げた。
恐らく、呼続が赴任してきた当初は「私保健委員がいい〜だって先生かっこいいも~ん」くらいのものだっただろう。
それが毎年過激になっていくのを想像して、真は益々うんざりとした気分になる。
昨日の帰りに真が呼続に噂の話をしてからにしては、妙に行動が早いと思ったが、そういう事も背景にあるのかもしれない。
それとも単純に、過去に何か被害があったのだろうか。
脳裏に呼続の顔が浮かんだ。いつもの胡散臭い微笑みだ。
(顔が良いって、大変なんだな)
残念ながら、真には全く無関係の悩みだ。けれど、裏取引だなんだと変な噂を聞くと、簡単に羨ましいとも思えなかった。
真がぼんやりとそんな事を考えていると、ゆうりが整った眉を顰めて真の顔を窺い見た。
「何でそんな事になっちゃったの?」
「私もよくわかんないけど、先輩とか怖いなぁ……。先輩に呼び出されたらゆうり、付いてきてくれる?」
「それは勿論ついていくけど……先に先生に言おうね」
困ったように返され、真は唸る。
その場合、どの先生に言えばいいのだろう。担任の栄だろうか。呼続だけは避けたい。いや、寧ろ元凶なのだから積極的に巻き込んでいけばいいだろうか。
そんな話をしながらも教室移動は問題なく済み、自分のクラスに戻ってきた。
窓の外は曇っており、いつも日差しが降り注ぐ真の席も暗く見える。
「雨降りそうだね」
「やだ〜、傘持ってきてないのに」
「予報では曇りだけど」
ゆうりが苦笑して言う。手にはスマホを持っており、天気予報のアプリを開いているようだ。
操作を終えるとポケットに入れる。
「今日は?」
「今日はパンにする。ここで待ってる?」
「うん。雨降ったら嫌だもんね。教室で食べよ」
「もっと静かな所があればいいのにね」
「わかる。ドラマみたいに空き教室で食べたいよね」
ゆうりが同意して、財布だけを持って教室を後にした。
それを見送った真も、先程のゆうりのようにポケットからスマホを出す。
開くと、何件かメッセージが届いていた。
その中にいつもの中学時代の友人からと、母からの物がある。
『任務発生。帰宅途中、シックスファイブの肉まんを購入し、迅速に帰還せよ。』
母からのメッセージは、何故か極秘任務扱いだった。
真は思わず吹き出し、了承の返答をする為に入力する。
折角なので何か笑える返しをしたい、と思い文章を考えていると、横からスッと手が出てきた。
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