第45話 ゆうりの好きな人
実験室に戻ると、先程まで真の席の傍で立っていたゆうりが見当たらない。
自分の席に戻ったのだろうかとそちらを見るが、そこにもゆうりの姿は無かった。
不思議に思って辺りを見回すと、東浦が窓際で何やら声を上げて笑っており、その陰に隠れるかのようにゆうりの姿があった。
(お、珍しい)
真は黙ったまま二人の姿に目を見張った。
ゆうりはその容姿や淑やかな言動から、男子人気が非常に高い。
小学生の頃から告白される事が多過ぎて、ゆうりは自分から積極的に男子と関わる事をしないようになった。
その件についてゆうりが何か言う事はなかったが、ゆうりがただ話しかけただけで、大体の男がゆうりに惚れ、暫くすると告白される、という一連の流れが多すぎたせいだろうと真は思っている。
東浦は真に話しかける事が多く、かつ誰とでもフレンドリーに話すので忘れがちだが、ゆうりと男子生徒が親しげに話すというのは、実はとても珍しい事なのだ。
東浦がまた何か言って、それをきいたゆうりが返答している。
ゆうりは真と話す時のようにとても楽しそうに笑っていて、何を言っているかまでは聞こえて来ないが会話は途切れない様子だ。
(男子と二人で喋ってるゆうり、久しぶりに見たかも。あんなに楽しそうに……)
そう思った真の心はただ穏やかだった。ゆうりが楽しそうにしていると、真はいつも嬉しくなる。
ゆうりは優しい。
告白を断るのも、心苦しく思っていたのかもしれない。だからこそ、男子と距離を開けるようになったのだろうか。
「おーい、鐘鳴ったぞ。席つけー」
真より少し遅れて戻った栄が大きな声を出すと、生徒はバラバラと席に戻っていく。真も足早に自分の席へと戻った。
目が合ったゆうりが口パクで「大丈夫?」と尋ねたのがわかった。笑顔で大きく頷くと、にこりと淑やかな笑みが返ってくる。
真は席に着くと、ぼんやりと先ほどの二人について考えた。
(もしかして、東浦とゆうりってそういう感じなんかな……こう……両片思い、みたいな感じ?)
ふと閃いて、真は思わず離れた席に座るゆうりと東浦を交互に見た。
ゆうりの恋バナは聞いた事はないが、東浦とはどこか特別親しいような気がする。
それに、思い返せば東浦と会話をしている時は必ずと言っていい程ゆうりが混ざってくる。
逆も然りだ。
(ははーん。つまり私は、二人のダシに使われてる感じだな?)
ニヤリ、と真は口元を掌で隠しながら人知れず笑った。
特に悪い気分ではない。青春ドラマみたいでいっそ胸が躍った。
思えば、真は小中とこういう事には慣れている。「有松さんって彼氏いるの?」と男子に聞かれた回数は数えきれない程あり、「有松さんに渡してくれ」とラブレターを渡された事だって何度もあるのだ。
ゆうりが男子に呼び出された際、付き添いで同席した事も何度かあった。ゆうりが丁寧に『お断り』する光景も、同じだけ見てきた。
高校に入って皆友達を作る為に忙しいからか、まだゆうりは恐らく誰にも告白はされていない。男子生徒の誰とも雑談に応じないゆうりと、親しく話す中で東浦が特別な好意を抱く可能性は高い。
東浦が自分をダシにゆうりに声をかけているのは何だか腹立たしいが、ゆうりが同じく好意を持っているのなら話は別だ。
何せ、付き合いの長い真でさえ、ゆうりの恋バナなんてものは一度も聞いた事がないのだ。
幼馴染であり、親友である真が一肌脱ぐのは当然だ、と真は勝手に使命感に燃えた。
授業は開始しており、栄は実験の注意点を何度も説明している。真は耳でそれを聞いてはいるものの、内容は欠片も頭に入って来ない。
(もし、二人が付き合う事になったら、ゆうりにとっての初彼氏じゃん……!)
真はそんな事を考えながら、誰にも見られないようにニヤケた笑いを噛み殺した。
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