第43話 栄先生

 室内がシンと静まり、一瞬の間の後、栄が大きな大きな溜め息を吐いた。そのあまりの重さに、真は素直に疑問を口にした。


「……先生、呼続先生に脅されてるんですか?」

「は!? なんで!?」


 栄はびくりと過剰な程体をびくつかせた。そのまま、ブンブンと頭を左右に振って激しく否定する。


 担任というだけで余り接点のない教師だが、今日一日で普段は見られないような表情を随分見たような気がして、真はその姿を意外に思った。教師が遜る姿などは、あまり見る事はない。


「なんでかわからないけど、呼続先生に怯えてたじゃないですか。ずーっと

ペコペコしてたし」

「いやいや……いやいや、呼続先生は俺の高校の先輩なんだよ。大学も別だったし、まさか同じ高校に赴任されるとは思わなかったけど……」

「へー……?」


 声のトーンはどんどん下がり、最後の言葉に向かって更に重さを増した。嫌だったんだな、と真ですらわかる。


 ふんふんと頷いて聞いていた真は、突如ハッと栄の顔を見上げた。その表情はキラキラピカピカと輝いている。


「ていう事は、高校時代の呼続先生のこと知ってるんですよね? 何か呼続先生とのエピソードはないんですか!?」


 真が喜び勇んでそう尋ねると、栄は少しの間の後に、恐る恐る口を開いた。


「……伏見、お前まさか呼続先生の事……す、好きなのか……?」

「何でですか!? 違います!!」


 叫ばんばかりに真が言うと、栄はあからさまにホッとした顔をした。


 落ち着かないのは真の方だ。


 勘違いされた事にすら腹を立て、地団太を踏む勢いで否定の言葉を連ねる。


「あり得ないです! あり得ないから今回保健委員にされちゃったんですよ! 今回あの人の思惑通りになっちゃったんで、いつか絶対仕返ししたいです。苦手なものとか、何でもいいんであの人の弱点教えてください!!」

「伏見お前……勇気あるんだな……」


 とても思い付かなかったとでも言いたげな顔をして、栄はそう言って真を見下ろした。

 そうしてから、暫く考え込むような眉を顰める。


 当時の事を思い出しているのか、時折うーんと唸りながら、ややあって真の質問に答えた。


「悪いな。全然弱点とか思い浮かばねぇわ。口調も優しいし性格も……まぁ穏やかだし。そもそもがあの顔だろ? 敵なし所かどんどん味方増やして、先輩からも可愛がられて後輩からも慕われて……昔から完璧超人って感じだったな」

「ふぅん。……じゃあ何で栄先生は、呼続先生にびくびくしてるんですか?」

「俺は……まぁ色々な」


 そう言った栄はふいと視線を逸らせて、真の顔を一切見ないようにした。それきり口を噤んでしまう。


 その含みを持たせた言い方と態度が気になり、真は追い縋って栄の腕を掴んだ。


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