第42話 お願い(3)
「保健委員の生徒は、体育祭の時、救護テントの下に入る事ができる」
「…………」
「その程度と思った? 目井澤の体育祭は毎年暑いよ。このご時世なのに時間をずらす事もしないで残暑所か真夏の気温の中だ。当番の間だけでも救護テントにいられたら涼しいだろうね」
「……うーん」
真は素直に唸ってしまった。
それくらい、とは思わなかった。正直、魅力的だったからだ。
中学時代、体育祭の実行委員や保健委員がテントにいて涼しそうだなと思ったのを思い出す。来賓席には扇風機まで出ていて、ズルいなと僻みっぽく思ったものだ。
(涼しいテント……いいな)
真は若干誘惑に負けそうになりつつ考えた。
別に、真は保健委員になる事自体がそこまで嫌というわけではない。ああは言ったが、委員会の仕事など大して時間をとられる事もないだろう。バイトを決める前なので、調整も出来る段階だ。
真はただ、呼続に気に入られていると周囲に思われる事が、嫌なのだ。
普通の女子高生だったならば、我が我がと周囲を取り囲んで保健委員に立候補するだろう。興味のない真ですら、呼続の顔は綺麗だなと思う。
それ程眉目秀麗で人気のある男性教諭、という立場の呼続の誘いだからこそ、真は顔を顰めて嫌がっているのだ。
『人気のある男性』というものに特別苦手意識のある真は、この状況を素直に喜べない。
しかし、恐らくこの会話は真が了承するまで延々と続くのだろう。
それに、先程の彼の表情を思い出すと、傲慢かもしれないが同情のような気持ちが浮かばなくもなかった。
最終的に、真は一つ溜息を吐いた。
「……わかりました。保健委員、やります」
「本当? ありがとう。伏見さんが委員会に入ってくれて嬉しいよ」
暫く唸っていた真が渋々そう言うと、呼続は心の底から嬉しそうな風に艶やかに笑った。
それに反して、真はずっと顔を顰めて嫌そうにしている。
ふと横を見ると、気配を消した栄が横で真と呼続を交互に見ていた。その顔は『ハラハラ』の見本のような表情を浮かべている。
余りにも静か過ぎて、真は途中から彼の存在を忘れていた。
「これからよろしくね」
「……はぁ」
(よろしくしたくねえ……)
素直にそう返す事も出来ず、真は唇をもにょりと歪めて返事をした。気にした様子もない呼続が、持っていたタブレットを操作して何やら入力し始めた。つい無意識に覗き込みそうになり、真は慌てて視線を逸らす。
「明日、保健委員としての仕事を教えるから放課後保健室に来て貰えるかな?」
「わかりました」
「ああ、そういえば」
「――!?」
不意に、思い出したように呼続が真の顔を覗き込む。少し問題になりそうな程顔を近付けられて、真はびくりと上半身を仰け反らせた。
(この人、本当に距離感おかしいな……そりゃ妄想されるよ)
休学した顔も知らない女子生徒を改めて哀れに思う。確かに彼女の行動は倫理に反してはいたが、彼の言動にも問題があるのは確かだった。
呼続は真の瞳をじっと見た。唇が蠱惑的に歪んでいる。
「夢はまだ見るの?」
その言葉に、夢の内容がフラッシュバックのように浮かんだ。ふい、と視線を逸らして、真は小さく答えた。
「……今日も見ました」
「その話も、明日、詳しく聞かせて欲しいな。……無理にとは言わないけどね」
ついでのように付け足した言葉に、真は呼続にちらりと視線を向けた。笑みを浮かべたまま、呼続は先ほどと変わらず真をじっと見ている。
(……この目が嫌なんだよな)
強い興味――言うなれば執着すら感じる、爛爛と輝くような瞳。
本人は『無理に訊かない』と言っているが、真は全く信用できなかった。
今日のやり取りを思い出す限り、彼は自分の他人を意のままにする事ができる。絶対に諦めず、了承を得るまでどんな手を使ってでも粘る。
真のみる悪夢に興味を持たれた時既に、絶対に話すまで逃がさない気がした。
委員会について、しっかり真の了承を得た呼続は、
「では、栄先生、伏見さん。お忙しい中有難うございました」
と言って、涼しい顔で優雅に準備室を出て行った。
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