第41話 お願い(2)
「昨日、伏見さんが僕と女子生徒の噂の事を教えてくれたでしょう? 事実無根とはいえ、騒動になったらいけないから、急いで噂の元を辿ったんだ。調べていったら、最終的に保健委員に所属している、一年生のとある女の子だという事がわかった」
(……たった一晩で?)
人海戦術でも使わない限り難しいのではないか、と真は思ったが、口には出さなかった。教師独自の情報網があるのかもしれないし、それ自体に特に興味もなかったからだ。
「それで、先生が問い詰めたから、その子は休学してしまったんですか?」
「問い詰めたなんて……。そんな事はしていないよ。彼女とは……そう、話し合ったんだよ。親御さんも含めて、穏やかにね」
呼続はそう言ったが、穏やかな話し合いなど、難しいのではないだろうか。
本人が肯定するにしろ否定するにしろ、親の前でどう話し合ったというのだろう。呼続がどのように概要を話したのか、真には想像もつかなかった。
真は続きを促す為に、
「話し合って……?」
と呼続の言葉を繰り返した。呼続も一つ頷き、話を続ける。
「結果的に、『もう先生と顔を合わせたくない』と本人から言われてしまってね。まだ入学してひと月余りしか経っていないのだし、ひとまず落ち着くまで休学、という事になったんだ」
呼続はそう言って肩を竦めた。そうしていると、他人と理解し合えない現実を憂い、悲し気な表情の麗人に見えなくもない。
(それで休学かぁ……まぁでも、行けないよね、そりゃ)
呼続にとって事実無根の噂を流し、それを本人に聞かれてしまった挙句、肉親を含めた話し合いを求められたのだ。
真面な精神であれば、羞恥心で家から出られなくなってもおかしくない。直接呼続に告白してフラれた方が、よっぽどマシだっただろう。
親と呼続を前にして女子高生が感じていたであろう気持ちを想像して、思わず真の唇が引き攣った。
しかし、それでも真を委員会に入れようとする理由がわからない。
真は一つ咳をすると、それについても説明を求めた。
「保健委員の子が委員会を抜けた理由はわかりました。……それで、結局なんで私なんですか?」
真の言葉に、呼続は笑顔のまま一拍間を置いた。
回答を待っている真を見おろし、呼続は困ったような、自嘲するような、複雑な笑みを浮かべた。
「……伏見さんは、僕に親近感も恋愛に発展しそうな好意も持ち合わせていないだろう、という、僕の独断だね」
「……そんな理由、勝手すぎません? 確かに私は先生と恋愛したい、なんて思ってませんけど……それなら他の生徒でもいいと思います。私、バイトがしたいから部活も委員会も所属してないんです。委員会なんて面倒そうだし、時間もとられそうだから嫌です」
迷惑だ、と思っているのをしっかりと表情に出して、真は冷たく言い放った。
呼続の表情は変わらない。整った顔には申し訳なさそうな、悲しそうな、形容しがたい表情を浮かべている。
暫く膠着状態が続いた後、呼続は静かに
「正直、保健委員は誰にやって貰ってもいいんだ」
と真の言葉を肯定した。
「ただ、今回みたいな事が続くのは、お互いの為に良くないからね。僕は事実無根の噂で職を失いかねないし、何より……一番に思うのは、やっぱり生徒の事だ。君たち学生にとっての一か月は、とても重い。それを休学して潰してしまうのは、本当に勿体ない事なんだよ。生徒たちの可能性を僕が摘んでしまうのは、……正直遣り切れない気持ちになる」
呼続はそう言って、淡く笑った。
意味を理解して、昨日も似たような事を言っていた、と真はうっすらと思い出した。
呼続は、真が想像していたよりももっとずっと、生徒の事を大切に思っているのかも知れない。
確かに、邪な気持ちで委員会に入った生徒が彼に想いを募らせ、また同じような事になったら……もし、もっとずっと悪い事になったら。
そう思うと、今まで彼を邪険に扱っていた事について微かに良心が疼いた。
真の様子に気付いているのかは定かではないが、呼続は静かに続ける。
「仕事は多くないよ。それと、保健委員になると良い事が一つある。話しによると、それを目的に保健委員になる子も毎年いるくらい」
「良い事ってなんですか?」
思わず聞いてしまい、真は内心「しまった」と思った。
今の言葉は明らかに「何ですかと聞いて欲しい」という意味だとすぐに理解できたのに。見え見えの罠にかかってしまった、悔しさすら覚えた。
呼続はまた表情の読めない微笑みを浮かべると、『良い事』を口にした。
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