第40話 お願い

「『お願い』……」


 呼続の台詞を繰り返しながら、自然と眉が寄った。


『嫌な予感』というものが本当にあるのなら、今、真の脳裏をよぎった様々な予想や『聞きたくない』と思った事自体がそれなのだろう。


 絶対に聞きたくない。だって、絶対ロクな事じゃない。


 そう思い、真は正直に口にしてみる事にした。


「嫌なんですけど」

「まだ『お願い』が何かも言ってないよ?」

「なんか、嫌です。……本能がそう言ってます」

「そうなんだ? 伏見さんの本能は当てにならないね。今後は無視するといい」


 真の適当かつ本気の言い訳をバッサリと切り捨てて、笑顔のまま呼続が緩く頭を振った。


 自分の勘を真っ向から否定された真は、条件反射でムッと顔を顰めた。思わず、問いかける口調もずっと棘があるものになる。


「それで、結局その『お願い』ってなんですか?」

「実は、一年の保健委員の子が休学する事になってね。代わりに保健委員の仕事をやって欲しいんだ。確認したけれど、伏見さんは何の委員会も、部活動も入っていないよね?」

「……嫌です」


 役者が台本を読むように滑らかな口調で、呼続は『お願い』の内容を口にした。


 真は話を最後まで聞くと、再度、先程よりもずっとハッキリとした口調で同じ言葉を告げる。


(本能、当たってるじゃん!)


 呼続が『当てにならない』と言った真の本能はしっかりと働いていたようだ。


 しかし、こうも真がハッキリと拒否しているにも関わらず、呼続は全くそれを気にした様子はない。まるで断られる事を前提にしたように、穏やかだ。


 真の決意の籠った厳しい表情を前にして、呼続は顔の前で掌同士を合わせて『お願い』のポーズを作った。

 態とらしく眉を下げた困った笑顔も相待って、この男の笑顔は何故か全て胡散臭い、と真は思った。


「そこを何とか、やってもらえないかな」


 そう言って柔らかく縋るような台詞とは裏腹に、彼にはどこか拒否を許さない雰囲気がある。

 真はそう思ったが、一瞬考えて意見を変えた。


(その顔で頼んで、断られた事なんてないんだろうな……)


 そう思うのも無理はない程、細微に至るまでが整っている顔だ。そういった経験の積み重ねが、彼の自信に繋がっているのかもしれない。


 真がそんな事を考えている間にも、呼続は笑顔のまま、真をじっと見つめている。


「なんでその子は急に休学なんてする事になったんですか?」


 意見を変えるつもりはなかったが、真が胡乱な視線を向けると、呼続は合わせていた手を離して説明を始めた。

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