第35話 変化する夢

 課題を終え、固まった筋肉を解すように首を回す。時計に目をやると零時を回っていた。

 風呂上がりからずっと課題と向き合っていたからか、時刻を確認すると急激に眠くなった。


(……夢、また見るのかな)


 夢の事を考えると、どんよりと気持ちが沈んだ。

 それでも、明日も学校だ。眠らない訳にはいかない。


 首に触れると、いつもとは違う触り心地がした。

 不思議に思い確かめる為に再度触れると、指先に触れたのはゆうりに貰ったネックレスだった。入浴の際は流石に外したが、それ以外はずっと着けている。


 脳裏に優しく笑うゆうりの表情が浮かんで、お守りのようにトップの部分を握り込む。


(……よし、寝るぞ)


 目を閉じて、まるで闘いに臨むように一つ心中で頷く。


 原因の解らないものに怯えるのはらしくない。


 分かりやすい虚勢だった。真の心臓はバクバクと激しく音を立て、恐怖を代わりに表現しているようだ。

 それでも目を瞑って一つ息を吐くと、じんわりと脚の指先から浮遊感が上がってくる。


(なんでお祖父ちゃんの家なんだろう……)


 夢と現実の狭間。

 何度目かもわからない疑問が浮かんだ。


 目を開けると、最早現実より見慣れた祖父宅にいた。


 しかし立っていたのはいつもの庭が見渡せる縁側ではなく、土間だった。

 裸足のままの足の裏から冷たい石の感触がする。


(なんで? いつもと違う……)


 どうして縁側ではなくて土間なのだろう。『あそこは安全なのに』。


 曇り硝子の向こうからは日光が差しているのに、土間は妙に薄暗かった。

 まるでフィルターを一枚挟んだ写真のように感じる。奥の座敷からも、相変わらず人の気配はない。


(今からでも、縁側に戻れるのかな……)


 何故かその方が良い気がする。

 そう思い、真は体を反転させようとして、ぎくりとその体を強張らせた。


 硝子からの光を遮って、急に土間に影が差した。


――あの女が来たのだ。


 それを見ただけで、心臓の音が大きく鳴り響き、呼吸が無意識の内に浅くなった。


 女は前回と同様、引き戸の前でじっと、身動ぎもせずただ立っている。


 この後の展開も前回と同じならば、鍵は閉まっている筈だ。あの女はこの家に入って来られない。


 女の腕が上がり、その手が引き戸にかかったのが見えた。両手で口を押さえ、真は呼吸さえ殺してじっとそれを見詰めた。


――ガチャン。


 引き戸が引かれたが、やはり鍵がかかっているようだ。戸は開かず、女の侵入を防いだ。

 真はホッと息を吐いて、体の力を抜きかけた。


――ジリリリ‼︎

 

(!!――)


 突然の大きな音に、真は声も出せない程驚き、体を竦ませた。


 後ろを振り向けないまま、耳だけで音の正体を探る。――電話だ。不意に、フラッシュバックのように祖父の家の、古い電話の記憶が蘇った。


 音の原因が解った真は口元を掌で覆ったまま、ゆっくりと振り向いた。


 玄関の上り框の向こう、電話帳などの入っている棚の上に、黒くてぽってりと丸い電話が置いてある。


 最後に祖父の家に行った時に見た電話は、よく見るナンバーディスプレイのある物だった。

 けれど記憶と違い、そこにあるのは映画でしか見たことのない黒電話だった。


――ジリリリ‼︎


 突如、脚が方向を変えた。


 真の意識の向こう側で、勝手に体を操作されたかのようだった。大半の夢と同じように、体が強制的に電話へと向かって歩き出す。


(なんで!? やだ!……やだ!)


 今にも叫び出しそうな心とは裏腹に、無情にも右手が黒電話の受話器を取った。廊下は一瞬で静まり返った。


 頭の中で「なんで」と「やだ」が繰り返される。


(やだ……聞きたくない……!!)


 そっと耳に当てると、電話の向こうは無音だった。


 受話器を当てているそこに、温度は感じない。しかし、暫くすると何か耳障りな音がし始めた。


(……?)

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