第32話 遭遇(2)

「……先生はまだ帰らないんですか?」

「先生はまだまだ仕事だよ。部活の子も残っているしね。あのあと体調は大丈夫だった?」

「オカゲサマで」

「そう、良かった」


 言い慣れない言葉を返すと、ふわりと呼続が笑った。後光が差しそうな微笑だ。美形を見慣れていない真は、目が潰れそうになる。


 もういいだろうと思い、「じゃあ」と言ってみたが、呼続は相変わらずにこにこと笑っているままで、少しも動く気配がない。何がしたいのかわかずに、真は困惑した。


(私が話題を振った方が良いのか……?)


 一人で勝手に気不味い空気を感じてしまう。

 んん、と喉を鳴らして、目は逸らしたまま真は話題を探した。


「……なんか、変な感じですね。今までは、同じ学校にいても、あった事もなかったのに」

「そういうのを、えにしって呼ぶんだよ」

「えにし? なに?」

えんの方が馴染みがある?」

「ああ……」


 やっと意味がわかった真が相槌を打つ。

 呼続は姿勢よく立ったままで、どこか感情の読めない微笑を浮かべている。


「僕達の縁は結ばれたって事」

「……先生って、気持ち悪いですね」


 囁くように近い距離で言われ、思わず口から本音が出た。気持ち悪い事を言われた。ほとんど初対面と言っても過言じゃないのに。


 真のコロコロと変わる表情を、微笑を浮かべたまま呼続は見下ろしている。その目は興味深い、初めて見る生き物を見る目に似ていた。


 嫌な顔でたっぷりと沈黙した真だったが、流石に耐える事はできなかった。


「……先生、いつか女性に刺されるんじゃないですか?」

「うーん……」


 真に嫌みを言われ、呼続は困ったような笑みを浮かべている。そうしていると、妖しさはない。綺麗な、優しそうな男の人、という印象だ。


 少し考えるように視線を外した呼続だったが、ややあって肩を竦めた。

 何だか力が抜けたような笑みだ。


「伏見さんはそういう感じじゃないでしょ」

「……なんですか、それ」

「何となくかな」


(意味わからん。なんか怖いし……暇なのかな)


 誤魔化すような声音で言われて、真は一つ溜め息を吐いた。


 何を考えているかわからない相手は苦手だ。

 真はどちらかというと、男子が拳で殴り合うような、直接的なコミュニケーションの方を好ましく思うタイプだ。


 それを思うと、呼続は煙のように掴み所がない言葉ばかり吐いて、思い切り真の苦手とするタイプだった。


 意趣返しのような気持ちで低い声で言う。


「実際、変な噂ききましたよ。先生と女子が付き合ってるって噂」

「まさか」

「無いとは思いましたけど、まさか女子高生なんて。先生だったら、大人の女性がよりどりみどりでしょ」

「子供は守るべき対象だよ。大人は手助けするのみで、成長を阻むような事は決してしてはいけない」


 存外、意思の強いまっすぐな声で言われたので、真は暫く返答を忘れた。


 真は十五歳。

 十八歳になれば公的には成人扱いされるとは言っても、まだまだ子供だ。


 そんな真に諭すように、呼続は芯のある声で続けた。


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