第31話 遭遇

 今日も無事に全ての授業を終えた事に安堵し、後はバスに乗って帰るのみだ。


(今日はまっすぐ帰ろ……予習と復習もしないと)


 英語教師にクラスメイト全員の前で叱責された事を思い出して、真はうんざりした。

 教師の言い方は今思い出しても腹立たしいが、けれど予習さえしておけば何を言われる事もないのだ。


「あ、真ごめん。教室にノート一冊忘れちゃったみたいなの。取りに戻っても良いかな」

「勿論。ココで待ってるよ」

「ごめんね、バス次のになっちゃうかも」

「いいよ、いいよ」


 ゆうりが顔の前で手を合わせて謝ってきたのを、真は特に気にせず返答する。廊下に背中を預けると、背を向けたゆうりに手を振って見送った。

 ポケットに手を入れ、スマホを引っ張り出す。通知を見ると中学時代の友達から連絡があり、さっと目を通して簡単に返信をする。


 中学を卒業してからも小まめに連絡をくれる、良い友人だ。脳裏に中学時代の姿が思い浮かんだ。

 卒業以来、連絡は取っていても直接会う事は出来ていない。そろそろ、久しぶりに会おうと言っても頷いてくれるだろうか。


 同じ中学から目井澤高校に入学した生徒は、真とゆうりの他にもいた。

 けれど仲の良かったグループの中では、二人以外は全員別の高校に行き、進路が別れた。卒業後しばらくは連絡を取ることがあったが、新生活に慣れた今ではそれもなくなった。


 ゆうりはもっと偏差値の高い学校に行くと思っていたので、自分と志望校が同じだと聞いた時、真はとても驚いた。

 中学の時、ゆうりは上位十名の中の一人だったのだ。

 志望校をもっと偏差値の高い高校にするよう、教師に何度も説得されたという話も聞いた。


 けれど、ゆうりは「家から近い高校にする」と言って、教師の意見を跳ね除けた。

 確かにゆうりも真も、家から一番近い高校はこの目井澤高校だ。


 真に「伏見から説得してくれ」と教師が直々に頼みに来た事もあった。真は迷わなかった。


 ゆうりが自分で決めた事ならば、自分が何を言った所で変わらない。ゆうりは、自分の事は自分で決める。


 教師の言葉には従わず、特に何も言わなかった。


 今でも、ゆうりが目井澤を選んだ本当の理由は知らない。「近いから」では無いだろうと、何となく思っている程度だ。


(多分ゆうりは、聞いても誤魔化すだろうなぁ)


 何か理由があるのかも知れないけれど、本当の事は真にも話さないだろう。「本当は?」と尋ねた事もないのに、何となくそんな気がした。


 誰にでも、秘密はある。


 真の脳裏に、小学生の頃の自分とクラスメイトが浮かんで、消えた。


「伏見さん」

「……ぅえ」


 追憶に耽っていた真は、右方向から声をかけられ、慌てて俯いていた顔を上げた。

 けれど目の前の声の光景を見た瞬間、思わず嫌な顔をして、潰れた声が喉から出てしまった。


 窓から差し込む沈みかけた夕日の光を浴びて、まるで宗教画のような笑みを浮かべて、呼続が立っていた。


 何故ここに。と瞬間的に考えたが、呼続の後ろにまっすぐ進むと保健室がある。保健室から教員室に向かう為、よく通るルートなのだろう。遭遇したのは、単純にタイミングが悪かった。


「こんにちは。今から帰るのかな?」

「あー……はい。もう帰る所です。さようなら」

「? ちょっと。まだ帰らないんだろう?」

「……」


 無理矢理に会話を打ち切ろうとしたが、彼は何故か真のすぐ横で足を止めた。少し近すぎないだろうか。

 真も自身が他人に壁を作るタイプだとは思っていないが、今日初めて顔を合わせたにしては近い距離感だと思う。


 片腕を目一杯伸ばすことの出来ない程度の距離で、呼続が微笑する。

 目を逸らしながら、真は沈黙に耐えかねて口を開いた。


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