第27話 先生の噂


 昼食時、学食はいつも人でごった返している。空いている席を探すのにも一苦労だ。

 真は空いているだろうと思い近付いた席に鞄が置かれているのを見て、溜息を吐いた。

 場所取りをしているのだ。

 こういう席ばかりで、毎回時間をとられる。


 それもあってか、ゆうりは普段、外で食べられるように弁当持参か、パンを食べる事が多い。

 入学して一ヶ月余り、学食に入った事は数える程しかなかった。


 何とか二人で向かい合って座れる席を見つけ、慌てて椅子に座ると、持っていた水筒を忘れずに自分の向かいの机の上に置いた。ゆうりの席を確保する為だ。自分の手元にはお弁当を出して置く。これで、安心してゆうりを待つ事が出来る。


 時間つぶしにスマホを開くと、美琴からメッセージが届いていた。


『体調大丈夫?』

「?――」


 文面の意味を一瞬考え、今朝は悪夢を見て母を呼んでしまい、「顔色が悪い」と言われた事を思い出した。

 出来るだけ元気よく家を出たつもりだったが、母は心配してくれたようだ。慌てて返信する。


『大丈夫。保健室行って寝たら治った』


 眠った訳ではないが、嘘という程でもないだろう。

 美琴も昼休憩なのか、返信はすぐに来た。


『あんたが保健室行くなんてよっぽどだわ。無理すんな』


「ふふ」


 泣いているよくわからない犬のスタンプが表示されているのを見て、思わず小さく笑った。

 真は普段から健康優良児で、風邪をひく事すら滅多にない。その自覚があるので、美琴は余計に心配なのだろう。


『ありがと。お母さんも、午後も頑張って』


 文末に力こぶの絵文字をつけておく。仕事と家事で忙しい母に、これ以上心配をかける訳にはいかない。


(……今日は寄り道しないで、早めに帰ろう)


 メッセージを送信してスマホを閉じると、ちょうどゆうりがトレイを持って席に着いた。


「お待たせ。お腹空いたね」

「大丈夫。ご飯なににしたのー?」

「オムライスにした」

「あ!」


 ゆうりの言葉に真は表情をパッと輝かせて、自分のお弁当箱の蓋を急いで開いた。


 中にはケチャップがかけられた美琴特製のオムライスと、下の段にはサラダや小さいゼリーなどのおかずがぎゅうぎゅうになって入っている。


「オムライス一緒だ!」

「あ、本当だね。おばさん特製オムライスだ。……それにしても」


 そう言って、ゆうりがまじまじとお弁当を見た。すぐに耐えきれないと言わんばかりに、顔を横に向けて小さく笑い始める。


 真は何故笑われているのかわからずに、きょとんとした表情でそれを見て、思わず首を傾げた。

 オムライスを見てみるが、少し雑にケチャップがかかっている以外、特に変わった様子はない。


「どしたん?」

「ううん……ごめんね、笑っちゃって。でも……真のお弁当、お子様ランチみたい。そのちっちゃいゼリー久しぶりに見た」

「ぅえっ?」


 真は改めて自分のお弁当箱を見下ろす。おかずの段に、緑色の小さなカップのゼリーがちょこんと入っている。言われてみれば、確かに小学生の頃、ファミレスのお子様ランチでよくついてきた覚えがある。


 なるほど、と納得した真に、ゆうりはにこにこと嬉しそうに口を開いた。


「よしよし、たくさん食べて大きくなるんだよ〜」

「同い年じゃん! しかも、私の方が誕生日早いんだよ! 私の方が二ヶ月くらい年上なのに! ちょっと私より背が高いからって!」


 子供扱いされて膨れっ面になった真が大袈裟に抗議すると、ゆうりは眉を下げて肩を揺らして更に笑った。

 その顔があまりにも可愛いので、真は子供扱いされた事を不満に思いつつも、何も言えなくなってしまう。


 眉を寄せながらもスプーンを手にして食べようとした時、向かいでゆうりが手を合わせたのが見えた。


 真は食べ始めようとした手を止めて、ゆうりに倣って慌てて手を合わせる。小声の「いただきます」に合わせて声を揃えた。


「そういえば、さっき初めて保健の先生に会ったよ。よ、よび……」

「呼続先生ね。私も一度見かけたくらいだけど、なんていうか……凄く綺麗な方だよね。ちょっと簡単に忘れられない顔してる」

「うん、綺麗だけど……なんか」


 真はそこで一度言葉を切り続きの言葉を探した。


「……何かあった?」


 黙り込んだ真を見て、ゆうりが心配そうに表情を曇らせる。真は上手い言葉が浮かばず、「うーん」と唸ってから感想を口にした。


「……変な先生だった」

「何が?」


 ゆうりにそう問われ、真はオムライスを口に入れて少し考えてみる。


(オカルト好きって事、内緒って言われたけど、相手はゆうりだし。内緒にしてくれるよね。……でも、内緒は内緒だからなぁ)


 もぐもぐと口の中の物を咀嚼し、右上をそっと見上げる。

 何と言えば良いか考えて、当たり障りの無い言い方を探した。


「……胡散臭い感じだった。別に、何かあったわけじゃないけど」

「んー……笑顔かな? 綺麗過ぎて人を寄せ付けない感じはするよね」


 ゆうりも思う所があったのか、特に気にした様子もなく同意してくれたので、真は軽く安堵の息を吐いた。


 嘘はいけないけれど、秘密を軽々しく口にするのもまた、いけないのだ。


 真が安心しきって食事を続けていると、ゆうりがふと思い出したというように「呼続先生といえば」と話し始めた。先ほどよりも小さな声だ。


「最近、変な噂聞いた」

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