第25話 ”おまじない屋さん”の噂
体育館は暑かった。
風通しを良くする為に至る所が開けられてはいるが、集団が汗をかく程激しく運動しているのだから、室内の気温も湿度もどんどん上昇していく。
真は額から伝ってきた滴る汗をジャージの袖で拭いながら、サッカーとどちらがマシかうんざりしながら考えた。
ネットの片付けをしようと端を持つと、パラパラと周囲に手持無沙汰だったクラスメイトが集まって各々ネットの端を持った。そのまま全員でネットを畳んでいると、程近い距離から「伏見さん!」と呼ぶ声が聞こえた。
「はーい?」
「さっきの試合、めっちゃ動いてたね! 何か運動系の部活入ってるっけ?」
ボールを片付けていたクラスメイトが、そう言って人懐っこい笑顔を浮かべた。
大曽根という、長い髪をポニーテールにした女子生徒だ。特に親しく話した事はない。
彼女はバレー部で、最後の試合で真と同じチームだった。セッターをしているらしい。試合の前に偶然聞こえた話を思い出しながら、真は頭を振った。
「高校はバイトしようと思って、部活は入ってないんだよね」
「そうなんだ、伏見さん上手いのになぁ。もったいないよ! バレーやりたくなったら絶対声かけてね!」
「そう? ありがとうね」
バレー部で日々腕を磨いているだろうクラスメイトに全力で褒められ、真は照れて笑った。素直に喜んでいると、大曾根はまだ何か言おうとしたように見えたが、別の生徒に呼ばれてそのまま去っていった。
真は中学生の時から、高校に入学したら部活ではなくバイトに力を入れようと決めていた。少しでも家計を助ける為であり、小遣いくらいは自分で稼ごうという気持ちからだった。
まだ入学したばかりで生活に慣れていない為、バイト先を探すのは後回しにしてしまっていたが、そろそろ探し始めてもいいかも知れない。そう思い、真は自分がどんなバイトをやりたいのか少し考えてみる。
(コンビニとか結構高校生多いよね。それか飲食店とか……あ、昨日ゆうりと行ったファミレスでバイトしようかな?)
思い付き、昨日のファミレスを脳裏に思い浮かべる。あの可愛らしい制服を、自分が着ているのが上手く想像できない。真は、無し、と判断し候補から外した。スマホで近くの求人を検索する事からまずは始めよう。そう思い、真は急いで体育館から出た。
「真、こっちこっち」
ゆうりの声が聞こえたので姿を探すと、渡り廊下の前で彼女は猫を誘き寄せるように片手を招いていた。真は小走りで近付くと、そのまま並んで更衣室へと向かう。
「お待たせ。ゆうりは今日はお弁当?」
「今日は学食かな」
「おっけー」
ゆうりは自分でお弁当を作る日、購買でパンを買う日、学食で定食を食べる日、と、日によって違う。二人はゆうりの食事内容によって食べる場所を変えていた。
お弁当やパンの日で、晴れていれば中庭のベンチで食べる事もある。この遣り取りは毎日の恒例だった。
「お腹すいた〜」
「真は動きっぱなしだったもんね」
「総当たり戦みたいできつかった! 楽しかったからいいけどさぁ……先生、保健室から帰ったばっかなのに鬼じゃない?」
空腹の胃を押さえ文句を言いながら、ロッカーの前で汗で湿ったジャージを脱いだ。
華奢な鎖骨の下で、先程ゆうりに貰ったばかりのネックレスが揺れた。思わず目線を下げてそれを見て、真は頬を締まりのない顔をしてしまう。
慌てて表情を引き締める前に、すぐに横から「あ!」と顔を覗き込まれて仰け反った。
「伏見可愛いのつけてる!」
「自分で買ったの? それとも彼氏?」
横にいたクラスメイトが目敏くネックレスを見つけ、声をかけてきた。真が緩んだ顔でネックレスを見ていたので、気付かれてしまったのだ。
真を見ながら悪戯っぽく笑っているその顔は、揶揄い目的半分、恋バナ目的半分といった所だろう。他人の恋バナが好きな少女は多いが、提供できる話題は真にはない。
(うう……すぐ見つかった)
内心困りつつ、唇を軽く尖らしてネックレスに触れる。
大事なものなので揶揄って欲しくないけれど、せっかく貰ったネックレスを自慢したい気持ちも少しあった。
真は正直に
「彼氏いないよ。これはゆうりがくれたの」
と答えた。
「有松さんから? さすがセンス良いわ。高見え……え、ていうかそれ、本当にすごく高いやつじゃない?」
「確かに有松さんって、高いものしか買わなそう……」
贈り主がゆうりだと知ると、クラスメイト達は思い思いに発言した。真はまさかの言葉に驚いて、慌てて振り返ってゆうりを見た。
「え、ゆうり……これそんなに高いの……?」
「普通だよ! お小遣いで買えるくらい。だから気にしないで、ちゃんと受け取って」
恐る恐る尋ねる真に、ゆうりは苦笑しながら即座に否定した。
真はほっと安堵して、表情を緩める。ゆうりも突き返されずに済んで安心したようだった。それを見ていたクラスメイトは、悪気なく揶揄うようにただ笑っている。
真はゆうりの小遣いの額など知らないが、返礼ができない程高額なものは、やはり受け取る事はできない。
友人とは常に対等であるもので、施しを受けるような関係はそうとは呼べないと、真は思っている。ゆうりとの友情は過不足なく、一方通行でもないものであって欲しいのだ。
安心して着替えを再開するが、クラスメイトは横でまだ「いいなー」と言いながら真のネックレスを見つめていた。キラキラと輝く金色のチェーンと揺れる百合の花は、確かに魅力的だ。花の細工はガラスだろうか。
真は気まずくなり、これ以上何か言われる前に急いでセーラー服を被った。
それだけでまるで映画の場面切り替えのように、やっと話題が変わった。
「そういえばさ」
と誰かが口を開く。
「“おまじない屋さん”って知ってる?」
秘密を告白するような、どこか愉し気な声だった。
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